日本土木史研究発表会論文集
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明治期大阪市内交通手段の推移
主として人力車・巡航船
天野 光三三輪 利英前田 泰敬
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キーワード: 明治期, 大阪市内, 交通手段
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1984 年 4 巻 p. 107-113

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抄録
明治後期から大正前期にかけて、成長期を迎えた大阪市の常住人口は100万人を超えて、膨脹し続けた。路面電車が市内交通機関として、十分な機能を発揮するに至る明治41年頃以前は人力車・巡航船が大阪市の都市交通の中心的役目を果たし、さらに、一部臨港地域では渡船も重要な役割を果たしてきた。
なかでも、わが国の独創的交通機関である人力車は、明治初年に出現して以来、着実に増加して、明治中期以後は大阪市民の足として重要役割を果たすようになり全盛期には2人乗りもあわせて2万台を超えていたが、巡航船や路面電車、大正中期以降の自動車の発達により衰退して行った。路面電車開業と同年の明治36年運航を開始した巡航船は、最盛期には2万人以上の乗客を運んでいたが、明治41年路面電車の路線拡張により、大正2年にその使命を終えた。
本研究は明治期における交通手段の変遷について述べる。
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