抄録
港は、従来港町において親密な空間となっていたと思われるが、最近は逆に非常に疎遠な空間となっている。これは、港自体がヒューマンスケールを超越した巨大で冗長で危険な空間となったことも一因であるが、港とまちの機能上あるいは空間構成上の関連が弱まったことも重要な要因であると思われる。本研究では空間構成に視点を据え、港とまちを関連づける方法としてどのような方法があるかを明らかにした。これらの港と町を関連づける方法が、歴史的にどのように変遷したのかを明らかにするために、江戸時代から現代までを、江戸期、明治大正期、戦後期の3期に分け、各期の代表的な港湾を対象に分析した。
分析の結果、港とまちとを強く関連づける方法として、(1) 港とまちの間に方向性をもつ軸線が形成されている、(2) 港とまちの間に連続性をもった空間デザインがある、(3) まちから港あるいは港からまちへ意識と視線が集中する焦点がある、(4) まちの中で港を眺められる視点場が多様にある、(5) 港湾施設そのものや港内ゾーニングに親しみを与える工夫がなされている、以上5点があげられた。江戸期にはこれら5つの側面すべてに工夫が見られ、港とまちの空間的関連が非常に強かったと考えられる。明治大正期になると近代的築港技術が導入され、大型船舶に対応した港湾が建設されたが、なかでも、方向性をもつ軸線が多様に強調され、港とまちの関連性を保っていた。戦後期では、重化学工業の生産基地等として、港は超大規模化し港とまちが離れたが、展望塔や高層ビルなどが視点場あるいは意識と視線の焦点となっており、港とまちは、立体化したかたちで、関連性を保っている。