抄録
近世における築堤, 切所締切, 護岸水制, 井堰, 圦樋などの水利技術をみるとき, 各地の河状に応じた多様な工法が独自の発展をしてきたことに注目される。そうした技術の考案は, その地域ごとの河状への具な観察と経験に負うものであり, 一見非科学的に見えながらも極めて合理的である。ただし, 技術が普及するに従って, 必ずしも適切な工法の採用が撤底しなかったこともあったようで, 地方役人の手引書ともいうべき地方書の類では, しばしば工法の適用にあたっての注意を喚起しており, 功者としての資質を要求している。一方, 水利技術は時代的要請に応じて変化するものであり, 近世を通じて決して固定化されたものではなく, 幾多の変遷が見られる。なかでも享保期の前後あるいは近世後期において比較的大きな変化が表われている。本稿では, 近世における代表的な地方書や農書あるいは幕府の令達などの文書を通じて, 水利技術を理解する上での基礎として, まず当時における河状に対する認識の仕方について言及し, 続いて近世を通じての水利技術の大きな流れについて概観した。さらに水利技術そのものではないが, 洪水防禦といった面において, その最も重要である堤防の機能と一体となった水防のあり方について触れている。