抄録
日本で最初の廃棄物に関する法令である汚物掃除法は、大日本私立衛生会雑誌での法制度の必要性の議論等を経て、明治29年 (1896) に、中央衛生会に対して「塵芥汚物掃除法案」として諮問されている。
中央衛生会では、同時期に諮問があった「下水法案」との整合を図るために、大幅に修正が行われ、「汚物掃除法案」として内務大臣へ答申されている。その後、汚物掃除法案は、再度修正の後、明治32年 (1899) 11月に帝国議会に提出され、字句修正の上可決され、明治33年 (1900) 4月に施行されている。
汚物掃除法については、「都市からの汚物の排除」のみならず、欧州における焼却施設の建設の影響を受けてか、塵芥についてはなるべく焼却することとされ、同法の成立を契機に大都市においては塵芥の焼却処理が進められている。
京都市においても、汚物掃除法の施行に伴い塵芥収集体制等の整備が進んだため、塵芥量も飛躍的に増加し、京都周辺の塵芥捨場で塵芥の堆積が目立つようになった。このため、明治34年 (1901) 12月には、民間人の手により塵芥焼却施設が建設され、その焼却灰については肥料として販売されている。
その後、塵芥の全量焼却を目指して、京都周辺数箇所に焼却施設の建設が進み、明治後期には、そのほぼ80%以上が焼却処理されている。