土木史研究
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明治初頭の河川行政
松浦 茂樹藤井 三樹夫
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1993 年 13 巻 p. 145-160

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抄録
明治維新により幕藩体制が崩壊し、中央集権を目指す新しい政体が誕生した。新政府は路線の相違等によってその内部で激しい政争を繰り返したが、1873 (明治6) 年には大久保利通が征韓論争で勝利し、彼を中心とした政府がっくられることになった。彼は自らが設けた内務省の長である卿に就任し、殖産興業政策を進めたが、河川行政を含む土木行政も内務省の所掌に収め、この体制が1947 (昭和22) 年まで続いた。そこに至るまで、土木行政の担当機関は二転三転したが、おおむね大久保とともに移動しており、土木行政に対する大久保の熱意がうかがえる。本論文では、1877 (明治10) 年頃までの河川行政について、3期間に分けてその進展を考察した。3期間とは、戊辰戦争を戦いながら近畿に治河使を設置した第1期、東京遷都後、民部省、その後大蔵省に移管した第2期、内務省に移した1874 (明治7) 年以降の第3期である。
明治初頭のこの期間は、国家財政基盤は甚だ弱く、また事業執行の制度についても、その整備は1873 (明治6) 年の河港道路修築規則の制定にみられるように、少しずつ進められたが、未だ不十分であった。事業執行の担当官についてみると、維新によって上層部は入れ替わったが、下部の技術者は旧幕時代の経験者が中心であった。
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