土木史研究
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最新号
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  • 岩屋 隆夫
    2002 年 22 巻 p. 1-12
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    The main objective of this study announces characteristics of flood control on the Shin River from the viewpoint of flood control history of the Shonai River and comparison of flood diversion channel. The Shin River is the channel which located in the right bank of the Shonai River and flow in the Ise Bay. The results is summarized into 2 points as follows. 1) The Shin River is a special channel which has tributary basin in the type of flood diversion channels like a branch. 2) The flood of tributary basin on the Shin River have been controlled in ring levee. and river land of tributary river at Edo era. This method for controlling flood of tributary was abandoned after Meiji, in addition, the discharge of flood on the Shonai River into the Shin River have been continued.
  • 二村 悟
    2002 年 22 巻 p. 13-20
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    At Makinohara-daichi in Shizuoka prefecture, tea was cultivated by the immigrant and reclamation of “Samurai” from 1869. This area is the oldest field of tea production in this prefecture and supported drastic increasing of tea production during Meiji period. Almost all residences had “DOI” in this area during Meiji period, but there are few reports about “DOI”, especially focused civil engineering and architectural history as structure. In this study, the author reported “DOI” remained at Makinohara-daichi and elucidate the building process from the reports. In this result, “DOI” can be evaluated as the modern civil engineering heritage although it is thought that “DOI” was not influence on the modernization of the tea industry.
  • 鈴木 悦朗
    2002 年 22 巻 p. 21-26
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    At dawn of legislation in Japan when a full-fledged electricity act was not yet aenacted, the Communication Ministry was issuing a permission of electricity business with conditions. The Tokyo Municipal Electricity Bureau was permitted to engage in an electric light power business but it was obligated to use the costly undeiground cable while the Tokyo Dento Co Ltd. previously received the permission with less costly air-borne cable. This paper reports on the case of the Tokyo Municipal Electricity Bureau as a pioneer of the underground wiring in the period from later-Meiji to early Showa Era.
  • 田中 尚人, 太田 史
    2002 年 22 巻 p. 27-32
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    1999年 1999年 (平成11) 11月, 京都府乙訓郡大山崎町桂川右岸高水敷にて煉瓦造二連式樋管が出土した. 本研究は, この樋管建設の経緯を歴史資料を基に整理し, 本樋管の土木構造物としての位置づけ, また近代淀川における治水思想の変遷を明らかにすることを目的としている. 研究の結果, 大山崎煉瓦造樋管は近代淀川における極めて一般的な河川構造物であり, 治水と利水のバランスを考慮した近代治水思想の転換期に築造されたと位置づけられる. また大山崎は, 本樋管の建設・廃棄を通して淀川との関わりを利水から治水へ大きく転換したことが分かった.
  • 桝山 清人
    2002 年 22 巻 p. 33-40
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    River works which make use of natural stones and woods and take an enviroment at into consideration are called ‘intimate river works for nature conservation’ and have a tendecy to increase.
    The work using with brushwoods is one of works that people have not forcused in recent years.
    Kogykusha Civil Alumni Association Magagine mentions the graduates friendship and the study of works and technologies in Meiji era.
    There is an essay under the title of ‘Ryushikoushikr’in it.
    I had like to focus ‘Ryushikoushiki’ and be help to the execution of Ryushikou after this.
  • 神吉 和夫, 金築 亮
    2002 年 22 巻 p. 41-47
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    本研究では、享保期成立の室鳩巣『献可録』「水は下より治ると申儀御尋に付申上侯」に関して、その内容と影響について考察する。本文書の内容は、禹貢他の中国史書から河川改修順序が下流から上流に向かって実施されることを示している部分と、賈譲三策を主として参照しての治水思想である。後者の治水思想は、(1) 河道の直線化、(2) 勾配を急にするための浚渫の重視が述べられており、賈譲三策を曲解している。1759 (宝暦9) 年刊の真壁用秀「地理細論集」は、享保宝永期の治水策を批判しているが、批判の対象は室鳩巣の本文書の可能性がある。したがって、いわゆる関東流・紀州流論議の基礎史料となる。明治期の西師意・尾高惇忠による治水論の中国治水思想関係部分は、中国史書をもとに立論しており、本文書とは直接繋がらない。
  • 知野 泰明, 大熊 孝
    2002 年 22 巻 p. 49-60
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    The Kiso, Nagara and Ibi River, which were flowing on the Central Japan, are known generally as “Kiso Sansen” . To control floods occurring on these rivers, the large-scale river improvement was executed from the year 1754 to 1755 for the Houreki period during the Edo era . The officials of the Tokugawa Shogunate made the plan for this improvement . And the feudal domain of Satsuma paid the expenditure and oversaw the construction work at sites.
    In those days, the river improvement works were organized by using the natural materials such as woods and stones. And the planner could not measure using such as modern mathematical theory . Therefore, some plans or constructions were phased checking the change of river flow and bed .
    Nowadays, such phased construction is named “Mitameshi” in Japan. And the Japanese traditional river improvement techniques have been used some rivers. The purpose to apply these old techniques is to make the natural circumstances on the river channel. For the circumstances, it is important that engineers check the changing of river flow and bed. However, the phased construction is not used now .
    To execute these traditional river improvements and make natural circumstance on Japanese rivers, this study traces the large-scale river improvement of the “Kiso Sansen” during the Houreki period and makes clear the process of the phased construction.
  • 久保田 稔, 茂吉 雅典, 中村 義秋
    2002 年 22 巻 p. 61-68
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    諏訪湖は江戸時代での干拓と共に湖面面積が減少し、さらに諏訪湖南側の低湿地の度重なる浸水被害に苦しんできた。諏訪湖沿岸部での浸水被害を軽減するために、江戸・明治時代に、湖尻 (釜口) の開削を行いさらに浸水被害住民と製糸工場側との話し合いによって、浸水被害も徐々に少なくなって来た。
    ところが昭和の時代に入り、西天竜一貫水路建設に端を発し、湖尻を境に、上・下流域住民さらに天竜川を挟んだ竜西と竜東側の下流住民の間にも争いが発生した。この争いを鎮めた大きな一歩が釜口水門建設である。
    本論では、浸水被害状況を1983 (昭和58) 年の「58災害」より概観した後に、諏訪湖湖面面積の減少と大正年代での浸水被害の減少を図より概観する。
  • 西形 達明, 西田 一彦, 玉野 富雄
    2002 年 22 巻 p. 69-74
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    我が国の古墳内部の石室は歴史的情報の宝庫とも言うべきものであり, 古墳盛土とともに現在もいたる所で精力的な調査がなされている. その中で石室構造はその歴史的情報の他に, 石組み構造としての地盤工学的に重要な情報も数多く有している. とくに, 上部の古墳盛土重量を支持する石室の力学的構造とその安定性について考察することは, 石室の維持補修に対しても貴重な資料を与えるものと考えられる, そこで, 本研究では石室の石組み構造と安定性について, 個別要素法を用いて基礎的な解析を行った結果について報告する.
  • 西田 一彦, 西形 達明
    2002 年 22 巻 p. 75-81
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    古代におけるわが国の土構造物のうちで古墳は最も重要でかっ規模の大きいものである. 古墳に関する研究は, 従来, 考古学の分野で詳細な研究が行われてきたが士木工学, とくに地盤工学の分野からの研究が非常に少ない状態である. しかしこのような古代の文化遺産を保存して後世に伝えるためにも, また, 古代の土木技術を解明する上でも地盤工学的視点からの研究が不可欠となる. そこで, 本論文では, 地盤工学的情報の得られているわが国のいくつかの古墳と中国の古墳, さらに新たに行った地盤調査試験によって得られたデータに基づいて古墳の盛土の地盤工学的特性を検討した結果, 各古墳はその地域の土を用いて適正に締固められており, 強度は古墳の規模と関連していることが明らかとなった.
  • 木村 真也, 田中 邦煕
    2002 年 22 巻 p. 83-92
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    古墳とは3~7世紀に築かれた「古代の墓」であり、土木技術の原点が数多く認められる。本研究はこれらに関して工学的視点から検討を加えるものであり、本報告では風雨による侵食について取りまとめた。
    古墳は土を高く盛って築かれたが、千数百年を経ていることを考えたとき、この間の風雨侵食により特にその高さが大きく変化したと考えられる。このことは現存する古墳の後円部等の直径Dと高さHとの関係を整理した結果、H (m)≒0.13D+1.0±4.0 (m) と表わされるように、同じDでもHは±4.0mの大きなバラツキがあることからも明らかである。一方この風雨侵食量を推定するために行った風雨侵食実験結果から、盛土斜面から流出する土砂量を求め、この結果を整理して、古代の古墳高さを推定する手法を提案した。この手法は全国各地で数多く行なわれている古墳の修復復元に当り、その高さ等を設定するときなどの参考とされることが期待される。
  • 田中 邦煕, 小林 善勝
    2002 年 22 巻 p. 93-102
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    貴重な文化遺産である城郭石垣を修復・復元するに当たり、どのような伝統技術が、どのような効果を期待して使用され遺されているかを解明しなければならない。本研究では、次のような事項についてとりまとめた。
    (1) 文献調査結果などを整理して、伝統技術の分析、分類を行った。そして、修復対象の現存石垣の調査結果と対応させ、どのような技術がどの部分に使用されているかを明らかにし、修復復元に活かす手順を示した。(2) 該当石垣に変位計・沈下計などを設置し、一定期間動態観測を行った後、石垣天端肩部に土のうなどによる載荷重を加えたときの石垣面の挙動を計測する。そして変位データ等の経時変化や載荷重との関連性を解析することにより、石垣断面の危険性判定や崩壊メカニズムの解析研究を行う必要性を示した。(3) 石垣のような文化財の評価を行うに当たり、「感応検査法」を導入する手法を例示し、この手法の利点、問題点などを示した。(4) 以上を総合した、「石垣修復複元に対する基本理念」を取りまとめた。
  • 森本 浩行, 西田 一彦, 西形 達明, 玉野 富雄
    2002 年 22 巻 p. 103-110
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/09/28
    ジャーナル フリー
    現存する城郭石垣の多くは構築から400年前後経過しており, 石垣の孕み出しなどにより崩壊の危機にさらされている箇所が数多く存在している. 貴重な建設文化の遺産である城郭石垣の保存のために現在の形状を計測するとともに, 石垣構築技術書である「後藤家文書」, 「石垣秘伝之書」および「石墻書」の三つの構築手法を明らかにすることで, 現存する石垣の形状と三つの構築手法による石垣の形状との比較により, 構築当時からの変形状況を把握した. このことにより, 石垣の崩壊の危険性の判断や修復の必要性および修復形状などへの活用が可能となる.
  • 鈴木 宏宣, 増渕 文男, 相崎 円何
    2002 年 22 巻 p. 111-114
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    神奈川県横浜市中区山下町の一街区に, 周辺街区の街路とは異なる1区画の街路だけが斜方向に区画整備された特徴をもつ. この街区は文化9年 (1812年) に入江を埋め立て新田として開発された区画であり, 治水の問題上から埋立ての際に, 隣接する新田との境界線が斜方向に傾いた. その後, 横浜港開港時に居留地として整備され都市が形成されたが, 街区は当初 (慶応2年 (1866年)) の都市計画で現在までほぼ変化していない. 山下町の街区が現在でも開港当初の面影を残しているのは, その都市計画がR. H. ブラントンによって行われたもので, 将来を見据えた優れた立案であったと考えられる.
  • 井上 聖, 樋口 輝久, 馬場 俊介
    2002 年 22 巻 p. 115-124
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    岡山市は政令指定都市を除けば、全国的に見ても比較的人口規模の大きな地方都市である。しかしながら、その割に都市としての「活力」が感じられない。産業経済における活気がなく、都市基盤施設の整備もかなり遅れている。では何故、このような停滞感が漂う都市になってしまったのだろうか。そこで本論文では、現在の岡山市の状況に最も影響を与えたと考えられる近代の土木事業費から、岡山市においてどのように都市整備が行なわれたかを分析し、問題点を明らかにしようとする。また、近世には岡山市と同規模の城下町であったが、現時点では都市規模、産業経済など様々な面でかなりの格差が生じてしまった近隣の高松市との比較分析を行い、近代における岡山市の土木事業費の水準が、高松市のそれと比べて圧倒的に低かったことを明らかにしようとする。
  • 平野 勝也, 関 孝太朗
    2002 年 22 巻 p. 125-131
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    わが国における都市構造の歴史的変遷を見ると, 中心商業地は, 一般的に旧街道沿いに発展してきた・しかし仙台は例外であり, 旧街道沿いである国分町通りと東一番丁通りの賑わいが昔と現在で逆転している. これは, 都市の発展史を考える上で重要な事例と考える、そこで, 文献, 史料を中心としてその変遷を追った. その結果, 以下の2点が明らかになった. (1) 明治期の東一番丁の開発と鉄道開通により, 中心商業地が拡大し, 東一番丁の商業, 国分町の業務という機能の分化が生じた. (2) 戦災復興事業により業務機能が青葉通り等に移行し, 国分町通りが裏通りとなった.
  • 今野 辰哉, 藤田 龍之, 知野 泰明
    2002 年 22 巻 p. 133-142
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    本調査は、明治以前に福島県内に造られた公園の中から園池を持つもの (白河市南湖公園、会津若松市御薬園等) を取り上げた。それらの歴史背景及び現況を追うことにより、現存する水辺を持った土木構造物の有用性、効果、再生の意義を土木史の視点から探求した。
  • 横平 弘
    2002 年 22 巻 p. 143-147
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    The coal mining had once prospered in Hokkaido and northern Kyusyu, but the majority of the coal mines were abolished by changing of the energy at the industries, in the old production of coals, the industry and the local societies are now declining.
    To enliven them, I have a new plan which uses the rests of old mining establishment.
    By the activity of technocrats, the tourism and the commerce are new built up, and they will be advanced.
    It seems to be possible to be born there again of the localsociety.
  • 畑岡 寛, 田中 邦博, 市川 紀一, 亀田 伸裕
    2002 年 22 巻 p. 149-159
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    It is said that the keyword of modernization in the north of Kyushu is Chikuhou coal railroad, harbor, and means of transportation in the harbor. Demand and supply of coal of Chikuhou in particular promoted district advance of thecenter capital and brought advance of Wakamatsu /Moji harbor that was the formation of mainstay railway network to tie up digging of a barge, coal mine shaft and the product departure from a port, the product departure from a port and became base of Japan modernization of the sequel.
    We gave the summary from a historic viewpoint about the coal mining industry that became base of Japanese modernization and the formation and development of means of transportation.
  • 松山 正將, 菊地 清文, 花渕 健一, 佐伯 吉勝
    2002 年 22 巻 p. 161-166
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    豊かな自然環境や歴史的環境は、私達ひとり一人の人格形成に大切であり、こうした環境を備えた「まち」の潜在的教育力は、次世代の地域の担い手を育み、環境への深い慕いと保全への行為に価値を見出だす人格を育てると言われている。著者等はこのような考え方に基づき、まちづくりに関わる環境資源の掘り起こしと情報づくりを進めている。
    本報告は、藩政時代の広瀬川架橋位置調査と河川景観観測で得られた知見について述べるものである。
  • 塚本 健太郎, 為国 孝敏, 大熊 孝
    2002 年 22 巻 p. 167-174
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    近代土木遺産については、土木史研究委員会の編集による「日本の近代土木遺産-現存する重要な土木構造物2000選」によって、その評価の考え方と保存・活用状況が明らかとなった。一方で、有形・無形の土木史料については、その評価のみならず、保管・整理がほとんど行き届いていないのが現状である。そのため、土木史料の保存管理の考え方すらあまり提案されていない。
    本研究は、科学研究費補助金「有形・無形の土木史料の全国調査とその保存・活用のあり方に関する研究」(研究代表: 大熊孝) の活動の一端として実施した研究成果を公表する。ここでは、桐生市役所に残る未整理状態の近代水道関連史料を対象に、整理作業からデータベース化、保存・管理にいたるまでの過程を紹介するとともに、その作業工程毎の検討課題とその対処方法を提示し、保存管理にいたるマニュアルを作成して、一つの土木史料の保存管理方法を提案する。
  • 為国 孝敏, 大熊 孝
    2002 年 22 巻 p. 175-181
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    This study tried to make a survey firstly of historical records in civil engineering. The modern civil engineering heritages have already made a survey and estimate by Japan Society of Civil Engineers. On the other side, for these a correct estimate we need to study of material and immaterial historical records in civil engineering.
    At the result of this study, we could clear as follows. Firstly, we grasped an outline of material and immaterial historical records in civil engineering. Secondly, we proposed how to approach of these studies Thirdly, we proposed how to preservation and management of their historical records, and made manual these work. Finally, we proposed theirs way of thinking to practical use from this study.
  • 今 尚之, 進藤 義郎, 葛西 章, 佐藤 馨一
    2002 年 22 巻 p. 183-190
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    北海道遺産に認定され, 一部が登録有形文化財である旧士幌線のコンクリートアーチ橋梁群においては, 第6音更川橋梁のみ河川洗掘防止工の破損から安全性に懸念が生じ, 地元上士幌町による取得, 保存対象から除外されてきた。この度, 改めて技術的な検討がなされ, 安全性に問題無いことが確認されたことにより, 他の橋梁と同じく上士幌町による取得が決定された。土木遺産の保存や利活用に向けては, 合意形成を待っていては手後れとなることが多く速やかな判断が求められる。このためにも確固たる技術的なバックデータが重要であるが, 財政規模の小さな地方公共団体や市民活動団体が担い手となるときには, 財源, 技術, ネットワークなどの資源が少ないことからその確保に関しては課題が多い。本稿では, 旧士幌線第六音更川橋梁保存における事例をもとにそれらの課題について報告し, 課題解決の一つとして土木技術者が土木遺産の保存, 利活用の専門知識を得る仕組みづくりの必要性を述べる。
  • 石川 大輔
    2002 年 22 巻 p. 191-195
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    1945 (昭和20) 年9月に発生した就崎台風は, 弱体化した国土に多大な大被害をもたらした.なかでも広島県佐伯郡大野町の丸石川で発生した土石流は, 延べ156名という死者をもたらした.しかしながら終戦直後の混乱期に起った丸石川土石流災害は, その実態はあまり明らかにされていない.
    本論は, 文献及び現地調査, 聞き取り調査等によりこの土石流災害の実態と特徴を明らかにし, 併せて海域の漁業への影響について検証を行った.
  • 原口 征人
    2002 年 22 巻 p. 197-200
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    鉄道線路の凍上害は北海道や東北など寒冷地の鉄道に特有であり、土の凍上現象が科学的に解明されていないこともあって根本的な解決手段が今だ無い。しかし実務経験上ではさまざまな工法や保線技術での対処が模索されてきた。1937年 (昭12) には札幌鉄道管理局が北海道帝国大学の中谷宇吉郎教授などに凍上機構の科学的解明をめざし、研究の依頼をしている。
    本研究では、地域特有の気象害に対する技術解決の1つの事例として、列車凍上害への対処の変遷を追い、科学的な検討と実務への応用について考察する。
  • 小林 一郎
    2002 年 22 巻 p. 201-206
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    明治以前の土木遺産の評価は、近代土木遺産の評価とは異なる困難が存在している。西洋型の土木工学という科学に基礎をおいたもの造りとは異なる発想があり、これによれば、今日のような、土木、建築、造園、都市計画等々に細分化された視点では、土木遺産という構造物自体の評価もできないのではないかと危惧される。
    本小論は、西欧と江戸期の石橋を、比較文明論の立場から考えることを提案する。ただし今回は紙面の都合で、1) フランスにおける軍事土木から民生土木への移行の実体、2) 日仏の土木技術の変遷の比較、3) フランスの石橋技術の変遷、にしぼって論じる。
  • 葛西 章, 進藤 義郎, 今 尚之, 佐藤 馨一
    2002 年 22 巻 p. 207-213
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    国内における石造りアーチ橋に関しては九州を中心に研究が進んでいるが、北海道内については調査, 研究がほとんどされていなかった。
    現在北海道内において、明治時代に建造された函館公園白川橋, 旧函館要塞軍用1号橋, 札幌創成川創成橋の三橋が現在も供用されている。
    今回、これらの技術的特徴について現地調査を実施し、国内における位置付けを検討した結果について報告する。
  • 茂吉 雅典, 諸戸 靖
    2002 年 22 巻 p. 215-224
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    1993 (平成5) 年小里川ダムは多目的ダムとして着工し、現在工事が進められている。同年3月小里川の3つの発電所が運転を停止した。また、下流にある土岐川発電所 (旧名: 多治見電燈第一発電所) も2001 (平成13) 年3月に運転を停止した。これらは明治・大正の時代に加藤喜平と乙三郎兄弟が私財を投げ打って建設したものである。発電所は貯水槽、水路、ずい道、橋 (人道橋・水路橋) から倉庫にいたるまで、徹底して石材を積み上げた、全国にも珍しい石の建造物である。発電出力は130~260kwの発電所である。その一つ、小里川第一発電所 (旧名: 多治見電燈第三発電所) では1912 (明治45) 年製造、日本初の国産水車発電機 (日立製作所第一号の製造製品) を使用していた (1967 (昭和42) 年の修理のとき発見)。これは我国の水車発電機の製造史上に記念すべきものである。ダムに沈む石造物は歴史的にも記念すべきものである。それらは伝統技術と産業遺産である。本論文では加藤兄弟が建造した発電所とその人物について述べている。
  • 崎谷 浩一郎, 中井 祐, 篠原 修
    2002 年 22 巻 p. 225-234
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    The “Historical Curvilinear Oblique Weir” was built by Kenzan Nonaka in the Edo era. The shape of those weirs is unique and different from which made in the modern period, some weirs are remaining in Kochi prefecture. By the investigation and analysis of the location of these weirs, I tried to make a hypothesis that is different from the previous one about the design principle of the weir.
    In this unique design principle, there is the opinion that it was built along the edge line of the sand bar. On the other hand, there is also a tradition of having been built by the technique of “ito-nagashi” in local Kochi. However, neither of the opinions explains enough about the shape of the weir. The hypothesis shown by this research is, “the weir was built crossing the run where the stabilized height of the river was located, and had a sluice gate in the deep pool of the river.” and I think that it has higher valid than the existing one.
  • 藤澤 加奈子, 窪田 陽一, 深堀 清隆, 川辺 了一, 大友 正晴, 惣慶 裕幸
    2002 年 22 巻 p. 235-240
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    The Shinsai Fukko Kyoryos or bridges built in reconstruction works after the big earthquake disaster in 1923 at an early stage of Showa facilitated bridge technology in Japan by leaps and bounds. Although many researches have been done on the Shisai Fukko Kyoryos in regards of their importance as historical engineering works with technical values, many of them deal with rather large bridges. This research focuses on small to medium bridges among the Shisai Fukko Koryos, and the fact was clarified through original documentary survey that most of them were designed by means of standard specifications.
  • 安達 實, 本江 裕之, 金森 範孝, 北浦 勝
    2002 年 22 巻 p. 241-246
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    戦前までは, 特別に重要な箇所を除き橋と云えば木造橋が殆どであった. 木造橋の主流は桁橋であるが, 渓が深いところや舟運で径間を大きくとらなければならないところには, 木造方杖形式が採られた. 特に木材の豊富なわが国においては, いろいろな形の方杖形式が生まれた.
    戦前の写真をもとに東日本 (北海道・東北・関東地方) の木造方杖橋について, 土木史的視点よりその構造形態について述べる.
  • 進藤 義郎, 葛西 章, 今 尚之, 佐藤 馨一
    2002 年 22 巻 p. 247-256
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    旧日本陸軍が戦場で架橋用として開発した重構桁は, 技術雑誌を中心に紹介記事が書かれているが, 体系的に取り纏めた研究は進んでいない. 本報告書は先行論文などの取り纏めと, 北海道内に現存する重構桁の現地調査結果と橋梁製作会社の橋梁台帳・社史・追想録・遺稿集などにもとづき, 重構桁の系譜や特徴について整理し, 検討を行った結果を発表する.
  • 小西 純一, 西野 保行, 中州 浩一
    2002 年 22 巻 p. 257-268
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    明治45年 (1912) に鉄道院が「鋼鉄道橋設計示方書」を公布したが, このころより日本の鉄道橋梁の設計・製作はすべて国内で行うようになった.鉄道網の急激な拡大に対応して橋梁の数量も著しい伸びを示し, 国有鉄道においては, 各地の建設線や線増あるいは取替用に各種標準桁を設計・製作・架設する一方, いろいろな構造形式の導入や大スパンへの挑戦が行われた.民営鉄道においては, 国有鉄道とは異なる設計活荷重に対する独自の桁を架設した会社が多いが, 国有鉄道の設計を準用する会社もある.また, 国有鉄道から鋼桁の払い下げを受けて開業にこぎつけた会社も多い.
    本稿では, このような大正・昭和前期 (およそ1913-1960年) における鋼鉄道橋技術の発達とその特徴を述べるとともに.現存状況について報告する
  • 古米 武治, 西 淳二, 田中 正, 清木 隆文
    2002 年 22 巻 p. 269-280
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    The rapid growth of the Japanese economy has been impacting on the basic city infrastructure including highways, freeways, railroads, subways, houses, public parks, and so on.
    However, the construction speed has been slowing down because of the serious negative barriers such as the big increase of the cost, the protection of citizens against the construction and limited land room. Underground space was worthy of note to create room for infrastructure, but the shallow underground space of public areas had already been used for them, A new law was proposed to utilize the deep underground space for the infrastructure after a lot of technical research and a creation of a new concept for the law. This law should have the possibility to accelerate the rapid and effective construction and enhance the future infrastructure base.
  • 日高 直俊, 手塚 慶太, 福井 恒明, 篠原 修, 天野 光一
    2002 年 22 巻 p. 281-290
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    Airports play very important role in the transportation planning in a region. However, it doesn't seem that airport development has been well-correlated with city planning or regional planning in Japan. The purpose of this study is to understand: 1) the process of airport development since the introduction of airplane focusing on the conditions of transportation, 2) characteristics of landuse change of airfield after WWII, 3) history of airport development concept. As a result, the study has shown that there are some clear characteristics of transportation condition according to the era and the main use of airfield, and they affected the change of landuse just after WWII. Also, the study clarified that basic concept of airport development had been kept through WWII.
  • 篠田 哲昭, 中尾 務
    2002 年 22 巻 p. 291-296
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    本報告は, 封建制度下における定法 (狭義には工事仕様歩掛, 広義には土木行政) の推移について「刑牋須知」「御普請一件被仰渡書」等の定法書を通して, 江戸期土木定法の形成過程について検証を試みたものである.
  • 金澤 成保
    2002 年 22 巻 p. 297-300
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    In this paper, the author reports the text and its contents of the laws and ordinances relevant to public works and building control established by the Saga domain in the Edo period and clarifies objectives of the provisions. In addition to maintenance enforcement of streets, bridges, canals, trees, and houses of warrior classes, preservation of defense capability and social order of the castle town, restraint of unlawful development on waterfront, and ensuring smooth water flow and water supply are among the objectives of the regulations.
  • 稲松 敏夫
    2002 年 22 巻 p. 301-310
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    筆者は先に第1回~第11回にわたって、電力土木の変遷と、電力土木に活躍した人々を中心に、各河川の水力開発について述べ、その中で電力土木に一生を捧げた人々のうちの代表的人物60名を発掘して、その結果をまとめ得た。さらに9年前からその中50名の人々の業績を詳述し、第2編電力土木人物史として既に40名 (知久清之助、伊藤令二、北松友義、目黒雄平、高桑鋼一郎、久保田豊、内海清温、熊川信之、岩本常次、吉田登、水越達雄、市浦繁、鵜飼孝造、和澤清吉、大林士一、金岩明、大橋康次、山本三男、味埜稔、中村光四郎、浅尾格、永田年、平井弥之助、野瀬正儀、畑野正、田中治雄、石川栄次郎、藤本得、村田清逸、後藤壮介、泉悟策、田代信雄、吉田栄進、原文太郎、山家義雄、大西英一、矢崎道美、渡部時也、東正久、吉田勝英) について発表し、今回はその10として数名を発表する。
  • 長谷川 博, 桝山 清人
    2002 年 22 巻 p. 311-316
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    筆者等の関係する攻玉社学園の創設者近藤真琴 (1831-1886天保2-明治19) は海軍兵学校の教官であり・また蘭学者として和蘭語の航海術書などを翻訳した。明治政府の重臣肥田浜五郎は、たまたま外遊で発見した “2065年” という和蘭の科学空想小説の翻訳を明治2 (1869) 年に近藤に依頼した。その訳本は明治11年9月に「新未来記-未来の瞥見」として出版され、大いに読まれた
    この「新未来記」はロピーター・パーディグという医者、化学者、地質学等の博物学者が1865 (慶応元) 年から、200年後の2065年を事空想で記述したものである (ペンネームはDr.ジオスコリデス)。その中にはテレビ・ラヂオ・飛行船などを予想し、土木的には、水道 (冷・温水) 大鉄橋・都会の大ドーム・アルプスの大トンネルから世界統一語、統一通貨、統一度量衡、統一時間等を予測している。
    本論文では、土木的視点でこれを紹介する。
  • 吉原 不二枝
    2002 年 22 巻 p. 317-324
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    国家・地域造りと言う多目的に応えるべく、土木はそこにひたすら合理化を目指した筈である。だが、今や社会一般を理解に導き・またその真価を得られているか疑問に感じている。昨今の社会一般の土木に対する評価事は、期待より寧ろ過大な責務だけを負う傾向さえ見える。特に安全に対する諸問題の解決に関しては、技術の域を超えていると考えられる事象にまで、その責任を問われることも少なくない現状は何が原因しているのであろうか。
    1980年代、米国工学系大学では既に哲学科が開設された。近年、工学系も安全責務への思索として、具体例を示しながら技術者倫理を模索する大学の講義が始まり、やっと技術者倫理教育の第一歩が展開されつつある。そして、この様な社会状況の中でこそ土木史分野からの果たし得る役目と範囲は様々に拡大することにも期待したい。
    さて、筆者は以前からこの場でもっと広域的見地に立つ土木・土木史の考察を訴え続けて来た。特に国内外の社会資本、それに三枝博音など科学史研究論文集を中心に人物史を辿って来た。それら海外社会資本や人物史に見る業績は、現在の我国の世相に的確な問題提起、適宜な解答を導き出す重要な要素がある事を確認できる。仁で、自分の携わった教育現場での実例をまとめ、敢えてここに「技術とは何事が」「安全性と責任の所在」「普遍性の価値とは何か」など、上記記述の考えに立った将来的思索への討議の必要性を問いたい。
  • 小西 純一
    2002 年 22 巻 p. 325-328
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
  • 藤井 郁夫
    2002 年 22 巻 p. 329-332
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
  • 伊東 孝
    2002 年 22 巻 p. 333-339
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
  • 進藤 義郎, 今 尚之
    2002 年 22 巻 p. 341-346
    発行日: 2002/05/15
    公開日: 2010/06/15
    ジャーナル フリー
    近年, 供用が終わった土本構造物が地域資源として注目され, 本遺産として保存・利活用に取り組まれる事例が多くなってきた。本稿では北海道内の橋梁溝造物を事例に, 横造物としての特徴を紹介するとともに, それらの保存・利活用に取り組む市民活動の現状とその課題点を報告する。
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