抄録
本稿で取り上げた秋田県北部の鷹巣地区は米代川の中流域に位置している。そして米代川はちょうど河川中流部から下流部にかけて、鷹巣盆地を挟むように狭窄部があって、そこがこれまでの洪水に大きな影響を与えてきた。鷹巣村肝煎の書き留めた記録集に「永年記」というものがある。これは鷹巣村の肝煎で成田兵右衛門が書き残したものとされ元和期 (1615-24) から弘化期 (1844-48) までに起きた様々な出来事を記述しているが、多くは天候と農作業の経過を記述したものが多い。しかし、農事は気象環境と極めて密接な関わりをもつものであり、そのため災害についての記述もいたるところで見られる。本研究では災害記録に示された地域としての対応の特徴的な点と、気候も含めた自然環境の把握が大変重要な課題として位置づけられていた点などについて報告する。また、洪水災害の主役としての米代川が、嘉永六年 (1853) にショートカツトされ、それが現在の河道となっているが、その史料についての若干の検討も試みた。