2019 年 16 巻 p. 3-12
日本における大学のカリキュラムは,専門と教養という2種類の科目によって成立している。本研究の主題となる「大学体育」は,教養科目における体育実技を意味している。まず研究の背景として,大学体育の現状が教育目標や学習内容に基づいて確認され,これまで大学体育には,各大学の教育理念や社会のニーズによって多様な形態があったということ,また,この特徴が存在意義の“不安定さ”という大学体育に内在する問題点の原因の一つであることが確認された。そこで,本研究の目的は,本来の体育の学習活動に共通する運動学習そのものに内在している教育価値の追求こそが大学で体育を教科とする根拠となりうる,ということを論証することとした。次に,体育における運動学習の教育的価値が人間の運動学習の特徴に基づいていることが確認された。それによると,体育では,運動学習を通して新しい動き方を身につけ,さらにその身体を自由に操れるようになることを通して学習者は新しい“世界”との関係を築いていくこと,運動学習のプロセスには5段階の位相があること;1)原志向位相 2)探索位相 3)偶発位相 4)形態化位相 5)自在位相,このプロセスでは,運動の自己観察と他者観察,そしてそれらの能力に基づく運動を共感する能力のレベルが運動学習の成否に影響すること,さらには,運動感覚の共感を通しての指導者と学習者の関係性の構築が教育的に重要な意味をもつということが確認された。上記の内容に基づくと,大学体育では各大学の教育方針にしたがって特定のスポーツ種目を各学期あるいは年間を通して継続的に学ぶことができる。この授業形態によって,学習者は高校までの保健体育科目とは異なり,既に習得した運動技能を活用して,特定のスポーツ技術を習熟させることができる。言い換えれば,学習者は意識的な運動学習によってのみ達成できる以下のプロセスを経験できる。(「形態統覚化」から上達のステップとしての「コツの分裂危機」を経由して「形態洗練化」「わざ幅志向」そして「自在位相」へと向かう。)そして,最終的に学習者はこれらの体験を通して,人間特有の運動学習方法を習得し,さらには人間関係の構築に有効なコミュニケーション能力の基礎を獲得できる可能性がある。