抄録
イネいもち病菌の感染により宿主防御機構に関与する酵素群が活性化され, その経時変化がS字形曲線を辿ることはよく知られている. これらの活性化は酵素蛋白あるいは蛋白性活性化因子のデノボ合成に依存していることも, 阻害実験などから推定されている. 蛋白のデノボ合成は構造DNAの転写に始まる一連の生化学反応であり, 最終生産物による負償還制御下にある. この蛋白のデノボ合成のモデルを動力学的に取り扱って, 実験的に得られる蛋白合成の経時変化がS字形曲線を辿ることと摺り合わせたとき, はたしてよい近似が得られるかどうか吟味した. 活きたイネいもち病菌の影響をなくすため, 同菌菌糸から得たデターミナントをイネ葉にパンチ付傷処理し, ペルオキシダーゼの活性化を経時計測した. 傷害による同酵素の活性化分を差し引き, 得られるS字形曲線を, 酵素蛋白がデノボ合成されるとしたときの動力学的モデルに基づいて数理処理したところ, きわめて高い相関で近似することが示された. また蛋白のデノボ合成が最高速度になる変曲点tmを求めたところ, 従来の中点法によるものとよく近似した. 宿主防御機構に関与する酵素群を各酵素のtmで時系列上に整理することにより, 将来, 宿主の病害抵抗性に関する遺伝学的支配のあり方を明確にする糸口が得られるものと考えられる.