環境社会学研究
Online ISSN : 2434-0618
論文
自然再生事業の緩慢な進捗とその意義──英虞湾の沿岸遊休地における干潟再生の事例──
三上 直之山下 博美
著者情報
ジャーナル フリー

2017 年 23 巻 p. 130-145

詳細
抄録

英虞湾では,湾奥に点在した干潟の70%以上が水田干拓によって消失したとされ,戦後の真珠養殖の増加とあいまって,赤潮や貧酸素水の問題を引き起こしてきた。今では,湾内に約500か所ある干拓地の大半が遊休地化しており,そこに海水を導入して干潟を再生する国内初の事業が2010年に始まった。水門開放や堤防の一部開削などの小規模な改変で,多額の費用を要さずに干潟を飛躍的に増やしうる試みだが,開始から7年,着手されたのは湾内で4か所にとどまる。本論文は,参与観察と地元住民1,500人を対象とした質問票調査から,この事業が拡大しない原因を探った。調査の結果,大多数の住民が干潟再生事業について意見を聞かれれば賛成と答え,強い反対はほとんどなかった。一方で,事業が実施されている再生干潟では水質浄化や生物量の増加などの効果が出ているものの,「アサリがとれるようになること」を成功の基準と考える多くの住民にとって,事業の価値はいまだ実感しにくいままである。再生事業を実施するためには,関係者間の調整や,農地転用の手続きなどの手間がかかることが予想されるほか,再生後の維持管理や利用の主体も定まっていない。こうした負担に見合う価値が干潟再生を通じて得られるのかについての認識のズレが,事業が順調に拡大しない原因であることがわかった。その背景には,事業の価値を評価するうえでの時間軸のズレが存在することも示唆される。こうした進捗の緩慢さは,事業自体の継続を難しくする危険性もはらむが,異なる時間軸を調整すべく柔軟性が発揮される過程でもあり,干潟再生に対して多元的な価値づけを生み出しうる可能性も示している。

著者関連情報
© 2017 環境社会学会
前の記事 次の記事
feedback
Top