2017 年 53 巻 p. 1-22
本稿では,タイにおける個人所得税制改革の是非をシミュレーション分析の結果をもとに検討した。こうした分析手法は財政分析の主たる方法論として多くの学問的蓄積があるが,その多くが,税制改革によって個々の家計がその行動をどのように変化して対応するのか,といった家計行動の変化を考慮していない。本稿では,こうした批判を鑑み,家計行動の変化をモデルに組み込んだマイクロシミュレーションによる分析を行った。こうした分析は先進諸国においても未だ研究蓄積が十分とは言いがたい状況であるが,本稿はマイクロシミュレーションの手法をタイのような中進国の分析に適用した先駆的な研究となっている。分析の結果,課税後所得の大きな減少や社会的厚生の急激な悪化もなく,さらに,いくつかの改革では,労働供給を促進する効果があることから,タイ政府が個人所得税改革を行う余地があることを示した。