抄録
【目的】ウシ人工授精には,光学顕微鏡レベルでの活力や形態の検査を合格した凍結精子が使用され,これにより以前は常に高い受胎成績が得られていた。しかし,近年では不受胎となる症例が散見されるようになり,その原因の究明が求められている。演者らは,このような症例に精巣での精子完成期で合成され,その後精子頭部に配置されるタンパク質の分子異常が関与することを報告した。本研究の目的は,精子完成期で機能する分子を指標とするウシ雄性繁殖能力の評価法を開発するための基盤を確立することである。本研究では,精子完成期の進行を制御するマスター転写因子CREMτファミリーに注目し,ウシ精巣で強く発現するバリアントを特定するとともに,mRNAレベルでの発現量の個体差を調べた。 【方法と結果】6頭のウシの精巣RNAを用いたRT-PCRで得られたCREMτファミリーの増幅産物を,プラスミドにクローニングして単一のバリアントに分離した後,挿入部位の配列を調べた。その結果,バリアントのταγとτ2αのウシ精巣における強い発現が観察された。また,精巣でのταγ mRNAの強い発現はノーザンブロット解析でも検出された。間接蛍光抗体法によるタンパク質レベルでの観察によれば,ταγは円形と伸張中の精子細胞の核に分布していた。これらの結果は,ウシ精子細胞でCREMταγが精子完成関連タンパク質をコードする遺伝子の転写開始に関与することを示めしている。次に,精巣上体尾精子の運動率,奇形率および正常先体率がそれぞれ60~90%,0~12%と83~98%であった16頭のウシ精巣におけるCREMτファミリーの発現量をリアルタイムPCRで調べた。その結果,ウシ個体間で発現量に有意差が認められ,特に最高値は最低値の約3倍であった。以上の結果から,形態学的に正常な運動精子を産生する能力を持つウシであっても,精巣でのCREMτファミリーmRNAsの発現量に個体差が存在することが明らかになった。