一般に,神経内分泌細胞を含むニューロンは,増殖すると,回路に余分な電気信号がうまれてノイズとして働いてしまうため,増殖することはない。細胞の増殖には,ゲノムDNA複製ステップ(S期)と,DNA等分配ステップ(M期)があるが,これまで,ニューロンではS期の制御が大事であることはよくわかっていた。今回,我々は,ニューロンのモデル細胞であるラットPC12細胞を用いることで,M期の制御も同様に大事であることを明らかにした。ニューロン分化したPC12細胞の場合,cAMPを添加することで完全に増殖を停止し,未分化細胞の培養条件に戻しても細胞周期は復活しないが,神経栄養因子のみで分化誘導した場合,細胞周期は復活できる。まず,Directional RNA-seqとChIP-seq解析により,cAMPの標的領域が両方向性プロモーターであることを全ゲノムレベルで明らかにした。特に,一方がpromoter-associated non-coding RNA(pancRNA)で一方がタンパク質コード遺伝子というペアであることが大多数であることを発見した。また,pancRNAの量を操作することで,cAMPがなくとも細胞増殖停止効果を再現することに成功した。cAMPによる発現変化が顕著なM期制御遺伝子であるNucleolar And Spindle Associated Protein 1(Nusap1)遺伝子のpancRNA機能解析から,cAMPシグナルはCremのドミナントネガティブアイソフォームであるIcerタンパクにより感知され,それがNusap1遺伝子の両方向性プロモーターに結合し,pancRNA発現変化を起こすことで,ヒストンアセチル化をローカルに変化させることが分かった。即ち,S期だけではなく,M期にも制御メカニズムを働かせることで,ニューロンには二重の厳重なセキュリティがかけられていると考えられ,このときpancRNAが細胞増殖を制御するエピゲノム形成に関与することが明らかになった。