抄録
電離放射線が細胞死や突然変異等の影響をもたらす原因として、DNA損傷の生成が挙げられるが、細胞には様々な修復機構によって恒常性を維持する事も知られている。しかし、DNA損傷の中でも、DNAヘリックス2回転中に二つ以上の損傷が近接して生じた「クラスターDNA損傷」と呼ばれる損傷では、その修復が阻害される事が報告されてきている。クラスターDNA損傷の中で、最も研究が行われているのがDNA二重鎖切断である。一方、塩基損傷による突然変異誘発については、ほとんど明らかにされていない。そこで我々は、クラスターDNA損傷が単独の損傷に比べて突然変異誘発を促進するかどうかを、大腸菌を用いて調べた。塩基損傷には、8-オキソグアニン(8-oxo-7, 8-dihydroguanine; 8-oxoG)とチミングリコール(thymine glycol; TG)を用い、8-oxoGが制限酵素認識配列中にあり、その相補鎖の1bp離れた位置にTGが来るようオリゴヌクレオチドを設計した。損傷を含むオリゴヌクレオチドは、pUC18及びpUC19プラスミドとライゲートさせた後、大腸菌野生株、及びグリコシラーゼ欠損株(fpg, mutY, nth, nei, fpg mutY, nth fpg mutY, fpg mutY nei)に移入し、菌株を一晩培養した。その後プラスミドを回収し、クラスターDNA損傷による突然変異を制限酵素により切断されない断片として検出し、突然変異の誘発頻度を調べた。その結果、8-oxoG、TGそれぞれの単独の損傷よりも、損傷のクラスター化によって突然変異頻度が増加する事が明らかとなり、クラスターDNA損傷は修復を受け難い可能性が示唆された。また、用いたクラスターDNA損傷の変異誘発頻度は複製の方向とは関係しないことが示唆された。本研究で得られた結果と、以前我々が行ったジヒドロチミン(dihydrothymine; DHT)と8-oxoGを用いた結果とを比較し、議論する予定である。