抄録
我々は昨年、イオンビーム照射によりプラスミドDNA中に生じる1本鎖切断(SSB)、2本鎖切断(DSB)及び塩基損傷とこれらを含むクラスター損傷の収率について報告した。一方、フォトンビームである軟X線により特定元素のK殻光電効果を起こすことで、DNA中の特定部位に対する選択的な損傷誘発が期待されている。本研究では高輝度放射光施設(SPring-8)から得られる軟X線を線源とし、OHラジカルを介さず光電効果及び低速二次電子の作用により直接生じる損傷の収率の励起元素依存性を明らかにすることを目的とした。
試料となるDNAフィルムを作成するため、TE緩衝液で希釈したプラスミド(pUC18)試料溶液(∼1μg/μL)をガラス基板上に5μL滴下し、溶液中の塩の析出を防ぐため窒素ガスをフローさせながら徐々に乾燥させた。この後さらに、真空乾燥機中に30分保持することでDNA分子周囲の水和水を取り除いた。得られたフィルム状の試料(0.62g/m2)をSPring-8·BL23SUに設置されたイオン質量分析用真空チェンバに導入し、炭素、窒素および酸素K殻励起領域の単色軟X線(270, 380, 435, 560eV)を室温で照射した。照射後試料をTE緩衝液で回収し、鎖切断によるコンフォメーション変化をアガロース電気泳動法により調べた。
得られたSSBの収率は、エネルギーによらずおよそ1∼2×10-10ssb/Gy/Daであり、これまで報告されている軟X線(2keV)照射の場合とほぼ同じであった。講演では、Fpg及びNthの二種類のグリコシレースで処理(37℃、30min)することで得られた酸化的塩基損傷の収率のエネルギー依存性についても紹介し、鎖切断と酸化的塩基損傷及びこれらを含んだクラスター損傷の生成に果たす光電効果および二次電子の効果について議論する予定である。