抄録
低線量率放射線の影響評価は、自然放射線や職業被ばくによる慢性的な影響のリスク評価に不可欠である一方、長期に渡って微生物管理された飼育条件下での動物実験を必要とすることから非常に困難な課題である。Tanakaら(Radiat. Res., 160, 376-379, 2003)は4000匹のSPFマウス(B6C3F1)を低線量率ガンマ線で約400日間連続照射し、0.05 mGy/d程度の低線量率では有意な寿命短縮は起こらないことを明らかにした。この結果はこの程度の低線量率放射線照射後、有意な寿命短縮をもたらす損傷は生体の防御機構によって修復・除去されることを示している。中高線量放射線に対して生体はp53を中心とする防御的応答機構を起動することが知られているが、低線量率放射線に対する防御系については必ずしも十分な知見は得られていない。今回、我々はTanakaらの実験と類似の条件でC57BL/6Jマウスの長期連続照射を行い、microarrayを用いて照射後の遺伝子発現変動を調べた。用いたarrayは、Sentrix Mouse-6(Illumina、45,500転写産物)で、0.043 mGy/d、0.86 mGy/dおよび17 mGy/dの線量率で485日間照射した後、各3匹のマウス(n=3)から腎臓を摘出し、解析を行った。その結果、0.043 mGy/dでは9個、0.86 mGy/dでは53個、17 mGy/dでは54個の遺伝子において非照射群に比べて発現が1.5倍以上変化していた。そのうち2個は0.043 mGy/dと0.86 mGy/dで共通に変化しており、14個は0.86 mGy/dと17 mGy/dで共通に変化していた。0.043 mGy/dと17 mGy/dで共通に変化した遺伝子は無かった。本大会では、発現変動する遺伝子の機能を解析し、0.043 mGy/d程度の低線量率放射線に対して遺伝子レベルで防御的応答が認められるかどうか報告する。