抄録
現行の放射線リスク評価は、原爆被ばく生存者の疫学データの統計的解析から得られている。疫学データから得られた線量反応関係を利用して低線量に外挿することの妥当性については議論の焦点となっている。生物学的な発がんの仕組みを想定して、放射線がどのような働きをしているかについて検討することで、生物的な議論を取り込んだリスク評価を行うことが望まれる。最近、急性リンパ性白血病(ALL)に関係した特定の染色体異常(TEL/AML1)が健常者(キャリア)においても1%の頻度で存在していることが明らかになってきた。本研究では、幹細胞の細胞動態と放射線の作用に注目し、白血病に注目した発がん数理モデルについて検討した。血液幹細胞を多段階モデルを基本として表現し、それぞれのステージで細胞死、分化、増殖を考慮した数理モデルを作成する。それぞれの細胞数の動態を受精時の1個の細胞から考慮して、年齢による変化をシミュレートする。受精から出生までは指数的に幹細胞数は増殖し、出生直後の一定期間は、非対称細胞分裂によって幹細胞数は一定を保ち、その後、あるレベルに収束する。小児期の自然発生ALLの年齢発生率は3歳をピークとする傾向を示すが、この傾向を良くモデルは表現できる。白血病発症の起源となる染色体異常をもった細胞は放射線被ばく以前にすでに発生して、この細胞に対して放射線が行う作用として、1)白血病化するための次のステージへの突然変異を起こす、2)幹細胞の細胞動態に変化をもたらす、の二つの可能性を考えたときに、原爆データの発症パターンを説明するには後者であることが推察された。放射線が細胞増殖を10倍に増加させることで、1%のキャリアのリスクと99%のノンキャリアのリスク(ゼロ)の平均値が原爆被ばく生存者の観察値と一致した。モデル解析は、放射線が細胞動態に影響することでリスクをもたらすことを示唆した。