抄録
YファミリーDNAポリメラーゼは細菌からヒトまで広く生物界に存在し、その特徴は鋳型DNA上の損傷部位(例えばピリミジン2量体)を乗り越えて複製を行う点にある。一方、活性酸素などによる損傷は、DNA鎖上ばかりでなく、その前駆体となるヌクレオチドプール中のdNTPにも起こる。このdNTPの酸化は、自然突然変異や発がんの有力な原因と考えられている。ヌクレオチドプールの酸化により生ずる8-OH-dGTPと2-OH-dATPが、YファミリーDNAポリメラーゼによりどのようにDNA中に取り込まれるかを検討した。
我々はこれまでに、ヒトのYファミリーDNAポリメラーゼの一つであるDNAポリメラーゼη(pol η)が、8-OH-dGTPを鋳型鎖のAの向かいに取り込み、2-OH-dATPをTとGの向かいに取り込むことを報告している。今回、さらに詳細な検討を行うために(i) pol ηの反応速度論的解析と(ii)大腸菌を使ったin vivoの実験を行った。(i) pol ηがAの向かい側に8-OH-dGTPを取り込む効率(kcat/Km)は、正常なdTTPを取り込む効率の約60%であった。またpol ηは2-OH-dATPをTの向かい側だけでなくCあるいはGの向かい側にも取り込んだ。(ii) Superoxide dismutaseをコードするsodAsodB両遺伝子と、鉄の取り込みのregulatorをコードするfur遺伝子を欠損した大腸菌株の高い自然突然変異はDNA損傷ではなく酸化dNTPに基づくが、この変異は大腸菌のYファミリーDNAポリメラーゼをコードしているdinBとumuDCのどちらか一方あるいは両方を欠損させると80%以上消失した。
以上の結果は、YファミリーDNAポリメラーゼが、鋳型DNA上の損傷部位を乗り越えて複製を行う以外に、酸化dNTPをDNA中に取り込むことで突然変異を促進する可能性を示唆している。