抄録
キイロショウジョウバエは遺伝学的バックグラウンドを厳密にそろえることができるため、伴性劣性致死突然変異法における自然突然変異頻度(通常0.3%程度)のばらつきを極めて小さく抑えることができる。この実験系を用いると、低線量・低線量率の電離放射線を照射されたハエは非照射に比べて突然変異の頻度が低くなるホルミシス効果を示す。本研究ではショウジョウバエの未成熟精子を持つ胚に60Coを線源とした0.5mGyのガンマ線を1分間で照射を行った。その結果、子孫における伴性劣性致死頻度が約0.1%に低下した(p<0.05)。このホルミシス効果の機構を解明するために、同じ発生段階でガンマ線を照射したショウジョウバエの胚からRNAを抽出し、マイクロアレイ法による遺伝子発現の変化を調査した。その結果、hsp70Aのような既知のストレス反応タンパク質をコードする遺伝子を含めた約160の遺伝子の発現が影響を受けることが判明した。しかし、高線量・線量率の放射線照射によって遺伝子の発現に影響を受けるmei-41やp53といった修復、細胞周期、アポトーシスに関与する遺伝子群の発現の有意な変化は観察できなかった。すなわち、DNA修復、細胞周期、アポトーシスなどに関与する遺伝子の発現には閾値がある可能性があることが示唆された。