抄録
電離放射線の生物効果は、核が照射された場合(標的効果)にのみ認められると長年に渡り考えられてきたが、細胞質に照射された場合、さらには、照射細胞の近隣の細胞(バイスタンダー効果)や生存子孫細胞(遺伝的不安定性)といった直接的に照射を経験していない細胞にも認められることが近年明らかにされ、これらの現象は非標的効果と呼ばれている。標的効果に関しては、その誘発が放射線の線エネルギー付与(LET)により異なることが広く知られている一方で、非標的効果のLET依存性は明らかにされていない。そこで、本研究では、LETが異なる重イオンマイクロビームを高密度に接触阻害させた培養ヒト正常線維芽細胞に照射することにより誘発されるバイスタンダー細胞死を解析することを目的とした。約100万個の細胞のうち数個の細胞に重イオンを照射すると、コロニー形成能を基準とした生存率が約10%低下すること、また、TdT-mediated dUTP nick end labeling(TUNEL)陽性率は照射後24時間で最大に達することがわかった。一方、10%生存線量のブロードビームの照射によって、TUNEL陽性率は、照射後72時間までは増加した。そして、その照射後72時間における陽性率は、バイスタンダー細胞における照射後24時間での陽性率と同程度であることがわかった。以上の結果から、照射細胞とバイスタンダー細胞では細胞死の機序と時間動態が異なる可能性が示唆された。さらに、これらのバイスタンダー効果は、イオン数(1, 5, 10発)およびLET(103, 294, 375 keV/μm)に依らず同等に誘発されることも分かった。