抄録
放射光は任意のエネルギーの単色X線を実用的な強度で取り出す事が出来るので、ランダムに起きる放射線生物作用の初期過程の解明に非常に有効である。単色X線のエネルギーを生体構成元素の内殻吸収端に合わせる事によって、その元素に選択的に内殻吸収が起き、それに続いて起きるオージェ効果によってその元素周辺に高密度にエネルギーが付与される。これによって複雑で生物にとって重篤な損傷が生成されるので放射線治療の観点からも興味深い。このような照射を元素選択的照射と呼ぶことが出来る。一方で、我々は最近、放射光を用いて最小サイズ5ミクロンのX線マイクロビーム照射装置を開発してバイスタンダー効果等の研究を開始した。この装置では細胞の生理的条件保持を優先させてX線をシリコン結晶の回折を用いて垂直方向にはね上げているためにX線エネルギーは5.35keVに限定されている。この手法は位置選択的照射と呼ぶ事が出来る。この二つの照射法を組み合わせて、エネルギー付与過程とそれによる生物影響の関係をより詳細に解明するために、我々はX線エネルギー可変のマイクロビーム照射装置を開発した。水平に出射してくる単色放射光X線をそのまま利用するために、試料ステージ(および照射サンプル)を含むすべてのコンポーネントは水平な光軸に沿って並べられた。細胞試料はガラス底をもつディッシュに付着させ、照射直前に培地を取り除き、乾燥除けのカバーをかけた状態で垂直に保持されて照射される。予備実験ではこのような方法で細胞の健全性が保たれる事がわかったので、いくつかのプロジェクトが開始されており、近いうちにこの装置を用いた第一報が発表される予定である。