抄録
培養細胞を用いたマイクロビーム照射研究は、バイスタンダー効果などの放射線生物学研究の進展に大きく貢献してきた1)。マイクロビームの利点は放射線を局所的に照射できることであり、細胞の場合には、核、細胞質、膜などが放射線影響の比較対象であった。一方、私たちは多細胞モデル生物として知られる線虫を対象として、個体の重イオンマイクロビーム照射研究を進めている。私たちが用いている炭素イオンマイクロビームの水中飛程は約1.2 mmであることから、体長約1 mm・幅数十μmの線虫のすべての細胞と組織が照射対象になる。ただし、照射試料を載せる倒立顕微鏡の照明系と垂直ビームライン末端部との干渉による局所照射部位の観察能力の制限と、マイクロビーム形成に用いるマイクロアパーチャーの最小径の限界から、現在は直径数十μm程度の領域への照準照射を行っている段階である。本装置を用いて、杉本らは、線虫の生殖細胞へのマイクロビーム照射を行い、照射域での細胞周期の停止・アポトーシスの誘発を報告した2)。私たちは、さらに線虫の神経系をターゲットとし、学習行動(food-NaCl連合学習3))に与える放射線局部照射の影響を明らかにすることを目的とした研究を進めている。しかし、60Coγ線の線虫個体全体への照射がfood-NaCl連合学習に与える影響を調べたところ、学習中に照射した場合のみ放射線影響が観察された。そのため、杉本らが用いた線虫の神経麻酔による固定の代替法が必要である。現在、「線虫が動いている状態で重イオンマイクロビームを照射する方法」の開発に取り組んでいる。
References: 1) Shao et al., FASEB J 17, 1422-7 (2003), 2) Sugimoto et al., Int J Radiat Biol 82, 31-8 (2006), 3) Saeki et al., J Exp Biol 204, 1757-64 (2001).