抄録
【緒言】我々は放射線による突然変異やガン化が、細胞内のタンパク質中に生じた長寿命ラジカルによって誘発される非標的仮説を提唱してきた。我々は培養シリアンゴールデンハムスター胎児(SHE)細胞内ラジカルの電子スピン共鳴法(ESR)による直接観測に成功し、4Gy照射後に5時間以上の時間をかけて増えてくるSlow-Releasing Long-lived Radicals(SRLLRs)を発見した。照射細胞中のSRLLRsレベルはビタミンCの照射後添加で下がり、遅延突然変異誘発と関わっていることが示唆される。本研究では細胞内の過酸化水素分解酵素の阻害剤を添加し、照射細胞内の過酸化水素によるSRLLRsの生成挙動を検討したので報告する。
【実験】グルタチオン及びカタラーゼの機能阻害剤として、DL-Buthionine-(S,R)- sulfoximine(BSO)及び3-Amino-1H-1,2,4-Triazole(AT)をそれぞれ0.1,10mM加えた培地でコンフルエント下のSHE細胞を24時間処理した。処理細胞を名大Co60γ線照射室にて照射し(4 Gy)、T175フラスコ10個分のSHE細胞をESR測定チューブに詰めESR測定試料とした。
【結果と考察】BSO又はATを処理した後にγ線照射すると、照射後1時間後でそれぞれ86, 42%と大きく細胞中のSRLLRs濃度が上昇した。未処理のものでは照射後1, 5時間後でそれぞれ18, 36%増加に留まった。これらの結果は、グルタチオンとカタラーゼのどちらかを欠損すると過酸化水素の分解能力が下がり、細胞内のSRLLRs濃度が高くなったと考えられる。ミトコンドリアの電子伝達阻害剤を加えるとSRLLRs生成は抑制されるため、SRLLRsは照射によって機能不全となったミトコンドリア経由で生成する過酸化水素によってそのレベルが上昇すると考えられる。