温熱に対する細胞の生物応答の分子機構については多くの不明な点が残されている。例えば、温熱による細胞死の原因について、再考の余地があると考えている。従来の温熱による細胞死の原因がタンパク質変性であるという概念に対して、最近我々はタンパク質変性を介したDNA二本鎖切断(DSB)こそが細胞死の原因であることを提唱している。これまでに得られた結果として、(1)中性コメットアッセイ法により、温熱処理でDSB生成することを検出した。ただし、長時間の処理ではその生成量はプラトーに達し、温熱処理時間依存的な直線関係は認められなかった。(2)γH2AXのフォーカス形成数は従来の方法ではDSB検出限界以下であった温度(41.5℃)でも、温熱処理時間依存的な直線関係を示した。(3)アレニウス解析の結果、温熱処理後の生存率およびγH2AXのフォーカス形成数はいずれも42.5℃に変極点があり、エントロピーが近似していた。(4)温熱感受性なS期にγH2AXフォーカス形成率が高いものの、G1期においても検出できた。また、細胞周期依存的な温熱感受性から算出した平均致死率とγH2AXフォーカス形成率の間に、高い相関性を示した。(5)あらかじめ温熱処理すると、その後の温熱誘導γH2AXフォーカス形成率が低くなり、そのときに温熱耐性を獲得していた。(6)DSB損傷認識タンパク質として、セリン1981リン酸化ATM、スレオニン2609リン酸化DNA-PKcs、スレオニン68リン酸化CHK2およびセリン966リン酸化SMC1の温熱処理後の挙動を調べ、γH2AXと同じ場所でフォーカス形成することを明らかにした。
本講演において温熱によるDSBの生成メカニズムについて併せて考察する。今後の更なる研究により、温熱誘導DSBの生成機構が解明され、温熱生物学やがん温熱療法の学術的な理解がより深まることを期待している。