抄録
本研究では、高密度培養したヒト正常線維芽細胞に誘発される重粒子線のバイスタンダー効果を解析した。まず、マイクロビームで0.0003%の細胞に照射してバイスタンダー細胞の応答を調べるとともに、ブロードビームを照射した照射細胞の応答も調べた。バイスタンダー細胞では、アポトーシスが一過性に誘発され、p53が遅延的にリン酸化された。バイスタンダー細胞で変動した遺伝子の半数以上は発現が減少していた。また、照射細胞で発現が増加した遺伝子の大半はバイスタンダー細胞では減少していた。照射細胞ではp21Waf1経路とNF-κB経路、バイスタンダー細胞ではGタンパク質/PI-3キナーゼ経路の活性化が示唆された。このことから、バイスタンダー細胞は照射細胞と異なる応答を示すことがわかった。さらに、照射細胞ではインターロイキン遺伝子の発現が増加したが、バイスタンダー細胞ではその受容体遺伝子が増加していたことから、照射細胞からバイスタンダー細胞への細胞間情報伝達の可能性が示唆された。次に、X線または重粒子線を照射した細胞の培養上清を処理したバイスタンダー細胞に誘発される染色体異常を調べた。全体的な異常の頻度は同程度であったが、異常の型が異なっていた。このことから、バイスタンダー効果は線質によらず誘発されるが、その機序は線質によって異なる可能性が示唆された。以上のようなバイスタンダー細胞の応答は、異常な細胞の増殖を抑制するための防御機構であると考えられた。[参考文献] JRR (2007) 48:87-95. IJRB (2007) 83:73-80. Mutat Res (2008) 637:190-196, 639:35-44, 642:57-67.