抄録
【概要】
我々は、ビームサイズ可変の放射光X線マイクロビーム細胞照射装置を用いて低線量放射線の生物影響研究を行っている。低線量域における照射領域と細胞死のメカニズムを明らかにするために、細胞核あるいは細胞全体をマイクロビーム照射し、照射細胞および照射された細胞の周辺に存在する非照射細胞(バイスタンダー細胞)の生存率を測定した。これまでの研究から、細胞質へのエネルギー付与がない場合(細胞核照射)に、低線量域でバイスタンダー細胞死の増大が誘導されることなどを明らかにした。バイスタンダーシグナルの伝達には、種々の因子の関与が報告されている。それらの中から一酸化窒素ラジカル(NO)に着目し、低線量域でのバイスタンダー細胞死誘導への関与について調べた。
【方法】
ディッシュに2000個のチャイニーズハムスターV79細胞を播種し、中央部の5個の単独細胞の細胞核あるいは細胞全体を、それぞれ10ミクロン角、50ミクロン角の5.35 keV X線マイクロビームを用いて照射した。照射直後に、NOのスカベンジャー (Carboxy-PTIO) を含む培地と交換し、60時間培養した。コロニーあたりの細胞数から生死を判定し、バイスタンダー細胞の生存率を求めた。
【結果】
(1)細胞核のみを照射した場合に観察された、低線量域におけるバイスタンダー細胞死の一過的な増大、(2)細胞全体を照射した場合に見られた、安定的に誘導されるバイスタンダー細胞死は、共にCarboxy-PTIOの添加によってほぼ完全に抑制された。2種類のバイスタンダー細胞死の誘導において、NOが情報伝達因子として働くことが明らかとなった。少なくとも二つの異なる経路によってバイスタンダー応答が制御されることが示唆された。低線量域では、細胞質へのエネルギー付与によって誘導される応答が、細胞の生存に重要な役割を果たしていると考えられる。