抄録
DNA損傷チェックポイントの重要な機能の一つは,修復不能なDNA損傷を持った細胞を排除するか,またはその増殖を不可逆的に止めることである。例えば,p53タンパク質は,アポトーシスや細胞老化を制御することによって,発がん頻度を低く抑えていると考えられる。実際に,多種類のヒトがんにおいてp53遺伝子の突然変異が見られる。興味深いことに,p53遺伝子の突然変異が見られるがん細胞の割合は,一様ではなく,がんの種類によって大きく異なる。その割合は,小児がんに多い白血病や軟組織肉腫では低く,成人がんに多い上皮がんでは高くなる。そこで,前者を「小児型がん」,後者を「成人型がん」と仮に分類してみた。小児型がんでは,潜伏期が短く,特異的相互転座を示す細胞がクローナルに増殖し,テロメアクライシスは生じない。これに対し,成人型がんでは,潜伏期が長く,染色体異常はランダムであり非相互転座が多く,テロメアは限界まで短縮してテロメアクライシスが好発する。
発がんに関与する特異的相互転座が生じる頻度は稀であるが,DNA修復ミスによって一旦生じた染色体転座を持つ細胞をDNA損傷チェックポイント機構が検出し,その増殖を阻止することは困難である。したがって,染色体転座が発がんの決定的な契機となる小児型がんでは,DNA損傷チェックポイント機能の有無は発がん抑制を左右しないと考えられる。これに対して,成人型がんでは,一般に著しいテロメア短縮が見られる。テロメア短縮は,テロメアループ構造を破綻させ,DNA損傷チェックポイント機構がむき出しのテロメア末端をDNA切断端と認識して細胞老化に導く。したがって,成人型がんの場合には,DNA損傷チェックポイント機能の有無が発がん抑制を大きく左右することになる。このことが,成人型がんにおいて,小児型に比べp53遺伝子の突然変異を持つ細胞の割合が高くなる理由であると考えられる。