抄録
放射線のトラック構造と難修復性のDNA損傷の関連を明らかにするため、我々はこれまで様々な線質の放射線により誘発される鎖切断、塩基損傷及びこれら個々の損傷の組み合わせから成るクラスター損傷の収率を、プラスミドDNAをモデル分子として観察してきた。特に、トラックがDNA分子を通過することによる直接的なエネルギー付与(直接効果)に着目し、高水和状態のDNAを照射試料として用いてきた。塩基損傷は、EndoIII及びFpgの2種類のグリコシレース(塩基除去修復酵素)をプローブとして用い、塩基損傷部位を鎖切断に変換することで観測した。今回、原子力機構高崎研TIARA及び放医研HIMACのそれぞれのシンクロトロン加速器施設から得られるHe, C 及びNeイオンを試料DNAに照射し、これにより誘発される損傷の収率を得たのでこれを報告する。まず、照射により直接生じる1本鎖切断は全てのイオン種においてLETに大きくは依存しなかったのに対しグリコシレースで鎖切断に変換される塩基損傷は、LETの増加と共に激減した。これは高LET放射線によりグリコシレースの修復を妨げるような難修復性のクラスター損傷が高頻度で生じることを示していると考えられる。また同一LETであってもイオン種の違いによりこれら損傷収率は異なった。一方DSB収率は、Heイオンでは20 keV/μmに極小値を持つがこれより高LET側では急激に収率が増大しCイオンでもその傾向があったのに対し、Neイオンでは調べた300-900 keV/μmの領域でほとんど変化はなかった。以上から難修復性DNA損傷の生成は、単純にLETのみに依存するではなく放射線のトラックの空間構造に深く関連していることが示唆された。発表ではトラック構造と損傷生成メカニズムについて議論する。