抄録
【目的】高LET放射線における生物効果はX線やγ線の様な電磁波放射線に比べ大きく、生物学的効果比(RBE)は100~200 keV/µm付近で最大になると言われている。本研究では、X線及び鉄イオンにおけるhprt遺伝子座を標的とした突然変異誘発頻度及び、突然変異クローンにおけるhprt遺伝子座のエクソン領域での欠失のサイズを調べることにより、放射線の線質が異なることによる突然変異誘発の量的・質的の違いを明らかにすることを目的とした。
【方法】ヒト胎児皮膚由来正常細胞に放射線医学総合研究所・重粒子線がん治療装置(HIMAC)で加速された500 MeV/n鉄イオン(LET:200~400 keV/µm)及びX線(200kV、20mA)を照射し、hprt遺伝子座を標的とした突然変異誘発頻度を6-チオグアニン耐性クローンを検出することにより算出した。また、誘発突然変異クローンを単離し、ゲノムDNAを抽出した後hprt遺伝子座の9エクソン領域を多重PCR法により増幅し、エクソン領域の欠失を調べた。
【結果】X線に対するRBEは200~260 keV/µmの鉄イオンでは1以上だった。しかし300~400 keV/µmの高LET領域の鉄イオンではRBEは約1となりX線と同じ生物効果を示した。この結果より、LETの増加と共に突然変異誘発頻度はX線と同様になることが判った。また、X線(1.5~2.4Gy)と260 keV/µmの鉄イオン(0.2~0.8Gy)に対するhprt遺伝子座のエクソン領域の欠失のおこり具合は、鉄イオンにより誘発した突然変異の約70%が9エクソン領域全てに欠失をおこしているtotal deletionだったのに対し、X線で誘発した突然変異は9エクソン領域のうち一つまたはそれ以上のエクソンが一カ所だけ欠失しているpartial deletionの割合が約70%を占めた。以上の結果より、突然変異誘発頻度が同程度であっても、放射線の線質が異なると突然変異を誘発するDNAレベルの損傷に質的な違いが生じていることが明確に示された。