抄録
放射線誘発細胞死としてアポトーシスが広く知られているが、それ以外の細胞死経路に関する知見は多くない。正常ヒト線維芽細胞では、非アポトーシス型細胞死である老化様増殖停止が放射線により誘導される主要な細胞死経路であることから、本研究では放射線によるがん細胞への非アポトーシス型細胞死誘導の有無を検討した。
ヒト乳がん細胞であるMCF-7に10GyのX線を照射後、個々の細胞をタイムラプスイメージングにて照射5日後まで追跡し、継時的な観察を行った。照射後5日間では約6割の細胞が分裂期へ進まず、残りの4割は分裂期を一度だけ通過した。いずれの場合においても、照射直後の細胞形態と比較すると照射後の時間経過とともに徐々に細胞の肥大化が認められた。
まず、照射後最初の20時間以内では分裂期へ進行した細胞は全く観察されないが、その後に分裂期細胞が出現し始めた。このように分裂期に進行した細胞では複数の小さな細胞核を伴う分裂異常を示すmitotic catastropheが必ず生じ、興味深いことにmitotic catastropheを生じた娘細胞同士が高頻度に細胞融合した。また分裂期への進行の有無に関わらず、それぞれの場合において12%程度の細胞にネクローシスが誘導された。一方、アポトーシスを示す細胞は全く観察されなかった。次に老化様増殖停止の誘導を調べるために照射後のMCF-7細胞で老化関連βガラクトシダーゼ (SA-ß-gal)染色を行うと、照射1日後では60%、3,5,7日後で70%以上がSA-ß-gal陽性を示した。分裂期進行の有無に関わらずSA-ß-galが発現しており、さらに SA-ß-gal陽性を示した細胞の一部ではネクローシスが生じていることが確認された。以上の結果より、がん細胞でも放射線によって非アポトーシス型細胞死が誘導された。その主要な経路は老化様増殖停止であったが、正常細胞とは異なり、老化様増殖停止誘導後にネクローシスがさらに誘導されることも同時に示された。