抄録
放射線によるマウスの急性骨髄性白血病(AML)は、多くの場合、造血系転写因子PU.1の機能低下によって生じる。この機能低下は、PU.1をコードするSfpi1遺伝子の欠失と変異によってもたらされるが、変異の大多数は特定のCpGサイトにおけるC:GからT:Aへのトランジションであり、自然突然変異である可能性が高い。放射線誘発の白血病でありながら自然突然変異が関与する背景には、造血系の細胞動態変化が影響しているのではないかと考え、数学モデルによる細胞動態解析を試みた。造血系の分化過程を線形コンパートメントモデルで表現し、シミュレーション結果をCAFC(cobblestone area-forming cell)およびCFU-G/Mアッセイデータと比較することにより、細胞動態パラメータの推定を行った。その結果、累積細胞分裂数に関しては、照射の有無による違いはほとんど見られなかったが、3Gy照射の場合、非照射よりも少ない幹細胞で造血を維持しなければならず、幹細胞あたりの増殖負荷は相当に大きくなることが示唆された。文献的には、度重なる細胞分裂は幹細胞の老化を早め、老化した幹細胞ではDNA修復能が低下することが示されている。したがって、放射線は造血幹細胞の老化を間接的に早めることによって、幹細胞および前駆細胞の自然突然変異頻度を上昇させ、白血病化に寄与するのではないかと考えられる。