抄録
【目的】多くの固形腫瘍において観察される代謝変化の一つに、ワールブルグ効果として知られる好気的解糖の亢進が挙げられる。ワールブルグ効果の特徴は、酸素の有無に関わらずミトコンドリア非依存的な解糖系を主要なエネルギー供給源とすることである。好気的解糖が促進される結果、ミトコンドリア機能が抑制され、アポトーシスに対する抵抗性が生じている可能性が考えられる。これまでの研究により、X線照射がミトコンドリア電子伝達系を活性化し、その結果、アポトーシスシグナルを活性化する事を見出した。本研究では、細胞内エネルギー代謝を修飾する事で、X線による細胞死を増強することが出来るのではないかと考え、実験を行った。
【材料・方法】細胞はマウス口底部扁平上皮がん由来SCC VII細胞を用いた。薬剤として、解糖系の阻害剤である2-deoxy-D-glucose (2DG)及びpyruvate dehydrogenase kinase (PDK)の阻害剤であるdichroloacetate (DCA)を使用した。細胞を様々な濃度の2DGまたはDCAで処理後の細胞増殖死についてコロニー形成法により評価した。さらに、in vivo においてC3H/HeJ miceにSCC VII細胞を移植し、その移植腫瘍の成長に対する2DGとX線の併用効果について評価した。
【結果】2DGまたはDCA存在下でX線照射を行うことで細胞増殖死が顕著に増強され、これらの薬剤がSCC VII細胞に対して有意なX線増感作用を持つ可能性が示唆された。また、in vivo においても2DGとX線の併用により明らかな腫瘍の成長抑制が観察された。2DGは解糖系を阻害し、一方、DCAはPDKを阻害する事によりpyruvate dehydrogenaseを活性化し、ピルビン酸からアセチルCoAの産生が亢進した結果、ミトコンドリア機能を活性化させた可能性が考えられる。従って、本実験結果は、腫瘍細胞におけるエネルギー代謝を修飾する事により放射線誘発細胞死を増強する事が出来る可能性を示唆している。