抄録
近年、細胞内酸化ストレスによる細胞障害の蓄積は、糖尿病や動脈硬化症などの生活習慣病、癌や神経変性疾患などの加齢性疾患を発症する原因の一因子として十分に知られるようになった。このような酸化ストレス障害の大部分は、ミトコンドリア電子伝達系で漏出した電子が近傍の酸素と反応することで発生する活性酸素に起因すると考えられている。
これまでに我々は、ミトコンドリア電子伝達系複合体IIのSDHCサブユニットにアミノ酸点変異(線虫G71E,マウスV69E)を有したモデル動物を用いて、過剰なミトコンドリア活性酸素の発生に伴う生体変化のメカニズムを明らかにしてきた。詳しくは、線虫mev-1変異株では神経変性疾患様の表現型を呈し短寿命となり、マウス胎児線維芽細胞のSDHC E69細胞株では過剰なアポトーシスを生じる一方で、高頻度にDNA変異を生じ形質転換することを明らかにした。ヒトのSDHC変異は、家族性(傍神経節腫)パラガングリオーマを引き起こすことが報告されており、SDHC E69細胞株の結果はそれを証明する成果となった。
最近我々は、mev-1同様のアミノ酸点変異(SDHC V69E)をコードする遺伝子の発現を任意に誘導することが可能なTet-mev-1コンディショナルトランスジェニックマウスを作製した。このTet-mev-1マウスには独自に開発したTet-On/Offシステムを用いており、SDHC V69Eの遺伝子発現量を内因性のSDHCと同等の量で制御することを可能とした。その結果、Tet-mev-1マウスはミトコンドリア活性酸素の発生に伴い過剰なアポトーシスが誘導され低出生体重仔として産まれ、生後12週齢まで成長遅延を生じることが明らかとなった。また、性成熟後、妊娠率や出産率の低下が生じ、時には妊娠母体死にいたることも確認された。
以上の結果を踏まえ、本発表では、Tet-mev-1マウスが高齢者不妊あるいは胎児や新生児へのミトコンドリア酸化ストレスの影響を明らかにするためのモデルとして有用であると考え、酸化ストレスの不妊・発生への影響について考察する。