抄録
電離放射線によって生じたDNA損傷は、完全に修復されなければ突然変異や発癌の原因になるといわれている。特に、高LET放射線の飛跡周辺や二次電子の飛跡末端で生じやすいとされている、いわゆるクラスター損傷(複数の損傷がDNA上の狭い領域に集中的に生じている)は修復が困難とされているが、その実体はほとんど明らかになっていない。そこで我々は、このような仮説的な損傷を実験的に解明するために、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)等の蛍光消光現象を活用した損傷位置ばらつき評価法の開発を行っている。まず、モデル実験として脱塩基部位(AP)を真ん中に有する31量体のDNAオリゴマー(相補鎖2本)を作成し、その各々にdonor蛍光分子(D)、acceptor蛍光分子(A)を結合させた。D標識DNA溶液にA標識DNAを加えた後、D蛍光強度の経時変化を観察した結果、アニーリングが進むにつれてD蛍光強度が減少しA蛍光強度が増加する現象が観察された。これはDに付与された励起エネルギーが近くのAに移動したことを示している。D蛍光強度変化より算出したFRET効率からA-D間距離はおよそ4 nmと見積もることができた。この値は、本モデルAP間距離(B型DNAの直径と同じと考えた場合、2 nm)と蛍光分子長の二乗平均値(各~1nm)から考えても合理的といえる。
上述のように蛍光消光現象はFRET以外にも様々な要因で生じることが知られており、それは主として蛍光分子の空間・時間分布を反映していると考えられる。本発表ではFRETを含めた他の蛍光消光現象についても考慮しながら、本メソドロジーの放射線照射DNAへの適用の実際について報告する。