抄録
悪性腫瘍の発症は遺伝的背景と環境要因の組み合わせによって起こると考えられている。その遺伝的背景として我々は小児ホジキン病および乳児白血病発症にATM遺伝子の1塩基多型(SNPs)による機能的失活が寄与していることを明らかにした。
小児の白血病の一部はすでに胎児期に発症していることが示されている。このことから小児の白血病発症に係る環境因子として妊娠中の化学物質や放射線への暴露を考える必要がある。妊娠マウスを用いて胎児におけるDNA損傷とトポイソメラーゼの阻害との関連を検討した結果、少量のトポイソメラーゼの阻害剤によって、母体骨髄より高率に胎児肝造血細胞においてDNA損傷が白血病発症に深いかかわりのあるMLL遺伝子近傍に起こることが明らかとなった。またin vitroにおいてDNA損傷応答機構に異常のあるATM欠損細胞ではこのMLLの断裂が染色体転座につながることが明らかとなった。これら結果から、妊娠中にトポイソメラーゼの阻害剤に暴露されることによってMLLの近傍にDNAの切断が起こり、さらにDNA損傷応答機構に障害を持つと白血病発症に関係のあるMLLの転座へとつながることが想定された。
骨髄異形成症候群(MDS)はアポトーシスによる無効造血を特徴とする疾患で40-50%が白血病(overt leukemia; OL)に移行することから、白血病発症の前がん段階とも捉えられている。MDSにおけるDNA損傷応答の役割を明らかにする目的で、免疫組織染色を用いて検討した結果、DNA損傷応答に関与するタンパク質がMDSの骨髄で活性化していることが明らかとなった。MDSの細胞が白血病化する段階でこのDNA損傷応答機構がどのように変化するか、MDSからOLへ移行した一例について、検討した結果、興味深いことにATM遺伝子はOLに進行した段階で片側のアレルの欠失が起り、またp53はMDS期には野生型であったが、OL期では変異を獲得していた。これら結果からMDS細胞がOLへ進展するに当たりDNA損傷応答機構にかかわるATMとp53の機能的失活を獲得したことが明らかとなり、MDSでDNA損傷応答機構の活性化がcancer barrierとして機能し、白血病化を抑えていることが明らかとなった。