抄録
がんの放射線治療等の医学利用や宇宙空間環境における被曝で問題となる放射線環境では、線質の異なる様々な種類の放射線の低線量(率)照射の生物影響が想定され、直接被曝した細胞への照射効果のみならずその周囲に存在している直接被曝をしていない細胞(バイスタンダー細胞)への生物効果(バイスタンダー効果)をも含めた細胞集団全体の生物影響を明らかにすることが放射線リスク評価には必要不可欠となる。本研究は、線質の異なる放射線ブロードビーム又はマイクロビームを駆使し、観察される生物効果のバイスタンダー効果に対する線質依存性を明らかにし、最終的に低線量(率)放射線によるバイスタンダー効果誘導因子を同定し、メカニズムに礎をおいた低線量放射線人体リスク評価・防護に適用できる論理を構築するために計画した。
線質の異なる放射線(ブロードビーム:137Csガンマ線、241Am-Be中性子、HIMAC重粒子線(ヘリウム・炭素・鉄イオン)、マイクロビーム:放医研・プロトン、高エネルギー加速器研究機構・単色X線、日本原子力研究開発機構・重イオン(炭素、ネオン、アルゴン))をそれぞれ時間的・空間的に低フルエンスでヒト由来正常細胞に照射し、同一試料内に放射線の直接ヒット細胞と非ヒット細胞を共存させた細胞集団に生ずる細胞レベルの生物効果(致死・突然変異)に対するバイスタンダー効果を調べた。結果は、バイスタンダー効果誘導には、線質とエンドポイント依存性があることが判った。現在、細胞レベルで観察されるバイスタンダー効果の分子レベルでの誘導メカニズムを明らかにする目的で、遺伝子発現およびタンパク質発現の変化に着目して研究を開始した。最終的には、トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームの手法を駆使し、三つの情報を統合した上で低線量放射線応答の姿を描く事を目指す。