抄録
DNAチェックポイントとは、ゲノム上のダメージや複製フォークの進行の阻害といった問題を感知し、直ちに細胞周期を停止させる仕組みである。このDNAチェックポイントが機能しなければ、ゲノムが正確に複製される前に細胞分裂が生じてしまうため、ゲノムの欠損や転移などといった染色体異常が生じ、細胞を正常に維持出来なくなる。
固着性生活を営む植物は、紫外線や土壌汚染などの環境から逃れることができず、そのゲノムは常にダメージにさらされている。よって植物にとって DNAチェックポイントは大変重要であると考えられるが、これまでのDNAチェックポイントの研究は主に酵母や動物を中心に行われており、植物におけるDNAチェックポイントの仕組みはいまだ明らかにはなっていない。動物でこれまでに報告されているチェックポイント関連遺伝子の一部を植物は持っていないこと、さらには、あるチェックポイント遺伝子の欠損について、動物では致死性を示すが植物では示さないことなどから、植物は動物とは異なる独自のチェックポイント機構を進化の過程において獲得している可能性が考えられている。
本研究では、新規に単離したシロイヌナズナのSOG1が、ガンマ線照射後に生じる細胞周期の停止の維持やゲノムの安定性に重要な働きをしていることを示した。またSOG1が、植物特有の転写因子に共通して存在するNACドメインを持っていた事から、SOG1は植物独自のDNAチェックポイントに関与する転写因子であると考えられ大変興味深い。シロイヌナズナではガンマ線照射によって100以上の遺伝子発現が誘導されることが報告されているが、驚くべき事にその遺伝子誘導のほとんどがSOG1に依存していることが明らかになった。さらにSOG1の発現部位は茎頂や根端の分裂組織、そして側根原基といった分裂組織に特化していた。以上の結果から、SOG1は活発に分裂している細胞がDNAダメージを受けた場合、そのシグナルを下流に伝達する過程において重要、かつ中心的な役割を担っている転写因子であると考えられる。