抄録
個体における放射線発がんの機構を理解するためには、組織内の細胞動態を考える必要がある。とりわけ、組織を維持する組織幹細胞に生じた放射線障害は、生涯にわたって蓄積する可能性があり、組織幹細胞が放射線発がんの標的となり得ると考えられる。これまでに放射線発がんの起源が、組織幹細胞であることを直接示した研究はなく、組織幹細胞が損傷を蓄積して維持されているのか、損傷した幹細胞がターンオーバーにより排除されているのかは明らかにされていない。我々は、正常組織幹細胞のターンオーバーに対する放射線の効果を解析するため、タモキシフェン投与によりLgr5陽性細胞で時期特異的組換え(lineage tagging)をするマウスを用い、lacZの発現を指標として腸管幹細胞のクリプト内ターンオーバー動態の解析を進めている。
これまでに、タモキシフェン投与によってtaggingされる効率が、部位(小腸と大腸)によって異なること、さらにtaggingを誘導する週齢によっても異なることが明らかとなった。また、Lgr5陽性幹細胞を有するクリプトの存在比が誘導後の時間経過に伴い減少したことから、検出された幹細胞ターンオーバーは、tagging効率とmonoclonal conversionの働きが組み合わさった動態を示すと考えられた。この条件下で、マウスに4GyのX線を照射し、腸管幹細胞のターンオーバーを解析したところ、照射群でtaggingされたクリプト数は照射後速やかに減少し、照射から30日後には残存したtagging細胞は検出されなくなった。以上の結果は、幹細胞の組織・週齢に依存した増殖活性が、放射線照射によって変化すること、また、正常組織の幹細胞は放射線照射によってターンオーバーが加速することを示唆している。