抄録
電離放射線は,酸化塩基損傷や鎖切断などのゲノム損傷を誘発し,それぞれ塩基除去修復および組換え修復により修復される。これらの損傷に加え,電離放射線はDNA-タンパク質クロスリンク(DPC)を誘発する。我々は,これまでにDPC修復機構を検討し,大腸菌ではヌクレオチド除去修復と相同組換えが協調して働くこと,哺乳類では相同組換えのみが働くことを明らかにした。DPCは,従来のbulkyな損傷(pyrimidine dimer, aromatic adduct)と比べかさ高く,転写および複製装置の進行を強く阻害すると予想されるが実験的な証拠は少ない。本研究では,試験管内転写反応に対するDPCの影響を検討した。反応はT7 RNA polymerase (T7RNAP)を用いて行い,転写産物は変性PAGEで分析した。転写鎖にDPCを含む鋳型では,DPC部位でRNA合成が停止した強い生成物バンドと弱いrunoff生成物バンドが認められた。runoff生成物の生成量はクロスリンクタンパク質のサイズ増加とともに減少した。一方,非転写鎖にDPCを含む鋳型では,DPC部位でRNA合成が停止した生成物バンドは認められなかったが,runoff生成物の生成量はコントロールに比べ約半分に減少した。以上の結果から,転写鎖のDPCはT7RNPの進行を強く阻害するが,鎖伸長は完全には止まらずDPCを乗り越えて合成が起こることが明らかとなった。また,非転写鎖のDPCはT7RNPの進行速度を低下させる可能性が示唆された。DPCに由来する転写エラーを調べるためrunoff生成物の塩基配列を解析している。