育種学研究
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原著論文
コムギ雑種集団種子の比重選による粒形質の選抜
八田 浩一松中 仁藤田 雅也小田 俊介
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2022 年 24 巻 1 号 p. 22-27

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摘 要

パン用コムギ品種の育成を目的とした雑種集団種子に対して,塩化カルシウム水溶液を用いた比重選を行い,その効果を調査した.その結果,種子硬度,たんぱく質含有率および容積重の向上が確認できた.特に,たんぱく質含有率については,今回供試した材料においては,F3,F4の両世代で選抜の効果が確認でき,その差も百分率で0.5ポイントと大きかった.また,容積重や種子硬度は,選抜する世代によってその効果が異なったが,一定の効果が確認できた.ただし,比重選により粒重低下や小粒化する傾向が観察され,これを回避するため篩などによる粒径選抜を併用する必要があることが分かった.

Translated Abstract

Specific gravity selection using calcium chloride solution was effective in improving the grain traits for bread-wheat breeding. There were positive effects on the protein content, seed hardness, and test weight. Specifically, the protein content of the next generation seeds was increased by 0.5% in the F3 and F4 populations of the materials that we used. On the other hand, the effects of volumetric weight and seed hardness differed depending on the selected generation. In contrast, the seed weight and seed size showed a tendency to be decreased by the selection. To avoid less yield selection, small grains from the population must be removed using sieves when applying specific gravity selection to the breeding population.

緒言

国産コムギ品種の製パン性改良の取り組みとともに,コムギ品種の持つグルテニンサブユニットの構成が生地物性に及ぼす影響が明らかにされてきた.近年では,求められる生地物性に応じて,必要なグルテニン遺伝子をDNAマーカー等により選抜した品種の育成も行われるようになってきた(高田ら 2017伊藤ら 2021).ただし,その遺伝的特性を発揮するには,パン生地が炭酸ガスを保持するグルテンのネットワーク構造を形成できる十分な量のたんぱく質が必要である.特に,関東以西のコムギ作付け地帯においては,水稲の裏作で栽培されることから,それぞれのコムギ品種の生産物のたんぱく質含有率向上を目的として,追肥の時期や量が検討されてきた(Nakano et al. 2008岩渕ら 2011稲葉ら 2018水田ら 2019).ただし,栽培技術の普及には,論文などの報告を参考に普及関係者や生産者自身による個々の地域,圃場の条件に合わせた微調整も必要であり,新品種の普及から安定した品質の収穫物が得られるようになるには相応の年月を要する.実際のところ,依然として実需者の求めるたんぱく質含有率を下回る生産物が多いことを,坂井(2019)が実需者の立場から報告している.こうした背景から,関東以西の地域に向けたパン用コムギ品種が,実需者に受け入れられ普及するには,製パン適性に加えて,遺伝的な特性として高たんぱく質含有率の生産物が得られやすいことが必要である.

胚乳のたんぱく質含有率に関わる遺伝子は,多数存在していることが報告されており(Shewry 2007),既存のコムギ品種は,利用目的に応じたたんぱく質含有率の生産物を得るために,長い年月にわたる改良の過程で必要な対立遺伝子が集積されてきたと考えられる.近年はコムギの事業育種においてもDNAマーカーによる選抜が一般的になってきているが,DNAマーカーが利用できるたんぱく質含有率に係る遺伝子はGpc-B1Brevis and Dubcovsky 2010),Gpc-B2Terasawa et al. 2016)など非常に限られている.たんぱく質含有率は近赤外分光光度計などで容易かつ非破壊で測定可能である.しかしながら,その測定には20 g程度の種子が必要なため,少なくとも数株の植物体の栽培が必要で,初期世代の多数の育成系統から選抜することは労力的に難しい.また,製パン性改良のため,導入した海外の品種を交配親に用いる場合,日本の湿潤な気候への適応性を向上させるため,穂発芽耐性や赤かび病抵抗性など多くの形質について選抜が必要になる.そのうえで,さらに積極的にたんぱく質含有率を指標に選抜するには,大規模な分離集団を養成する必要があり,圃場面積や労力の制約から実施が難しかった.

硬質コムギは,その胚乳中のでんぷん粒子の間隙にた‍んぱく質が蓄積したガラス状の胚乳を持っており,このようなガラス状の胚乳部の密度は,軟質コムギの持つ粉状質の胚乳の密度に比べて高くなる(Stenvert and Kingswood 1977).すなわち,比重の大きな種子を積極的に選抜することで,硬質コムギや,たんぱく質含有率の高い個体の選抜が効率的に行える可能性があり,水稲の種もみを選別するため用いられてきた塩水選を利用できると考えた.そこで,実際に品種育成途上の初期世代のコムギ雑種集団に対して塩水選を行い,種子比重による選抜が,たんぱく質含有率等の種子形質に及ぼす影響を調べたので報告する.以降,塩水を用いての種子比重による選抜を比重選と表記する.

材料および方法

1. 植物材料

比重選の種子形質に及ぼす影響を調査するために,硬質パン用コムギ品種・系統と軟質日本めん用コムギ品種・系統を両親とする育成途上の世代の異なる交雑集団を試験材料として用いた(表1).比重選に供試した雑種集団種子は,九州沖縄農業研究センター(福岡県筑後市)の同一の研究圃場において,2006年11月に播種し2007年5月に収穫した生産物である.一組み合わせ4000粒程度を播種し,基肥として高度化成肥料(6-12-6, N-P2O4-K2O, kg/10 a)を施与した条件で栽培し,全量を無選抜にて収穫,脱穀した.それぞれの交配組み合わせにおいて,比重選にて高比重,低比重に分画した種子は,引き続き2007年11月に播種し2008年5月に全量無選抜で収穫,脱穀の後,粒形質の調査に供試した.栽培条件は2006–2007年と同様とした.

表1. 比重選による種子形質に及ぼす影響を調査した交雑集団材料
♀親 ♂親 選抜世代 調査世代
1 羽系W670 東山40号/ミナミノカオリ1) F2 F3
2 羽系W670 北見春67号/ミナミノカオリ F2 F3
3 羽系W670 北見春65号/ミナミノカオリ F2 F3
4 西海165号 ミナミノカオリ F2 F3
5 西海188号 北見春66号 F2 F3
1 東山40号 西海187号 F3 F4
2 北見春65号 イワイノダイチ F3 F4
3 北見春65号 西海187号 F3 F4
4 北見春67号 西海187号 F3 F4
5 西海185号 北見春61号/ミナミノカオリ F3 F4
1 北見春65号 西海184号 F4 F5
2 北見春66号 西海184号 F4 F5
3 羽系W670 ミナミノカオリ F4 F5
4 西海184号 北見春61号/ミナミノカオリ F4 F5
5 シロガネコムギ 北見春61号/ミナミノカオリ F4 F5

1) 太字は硬質コムギを示す.

また,比重選による既知のGpc-B1遺伝子の集団内の対立遺伝子頻度への影響を調査するため,F3およびF4世代の雑種集団(表2)を上記と同様の栽培条件,方法で2007年11月播種,2008年5月に収穫して材料を調製した.

表2. 比重選によるGpc-B1遺伝子頻度に及ぼす影響を調査した材料集団
♀親 ♂親 選抜世代 試験世代
1 西海165号 Anza-HGPC F3 F3
2 西海165号 Yecora Rojo-HGPC F3 F3
3 西海165号/Anza-HGPC 羽系W1167 F3, F41) F4

1) F3世代,F4世代で2回の比重選を実施.

2. 比重選による集団選抜

Stenvert and Kingswood(1977)がコムギ種子の比重を1.33–1.37程度と報告していることから,同程度の比重が得られる塩化カルシウム水溶液を用いた.比重計を用いて比重1.36および1.34に調製した塩化カルシウム水溶液をそれぞれ用意した.雑種集団の種子を比重1.36溶液に浸し,沈降した種子を上位集団種子とした.比重1.36溶液で浮上した種子を比重1.34溶液中に移し,さらに浮上した種子を下位集団種子とした.比重選に供試した雑種集団全体の種子重量のうち,概ね上位集団は重量ベースで全体の10%程度,下位集団は全体の50%程度に分画された.分画した種子は流水で洗浄ののち,遠心脱水機で水分を除去した.

3. 種子形質の調査と選抜の効果の統計解析について

比重選で分画した,上位および下位集団の種子約4000粒を2007年11月に播種し2008年5月に収穫した.収穫した種子は,脱穀の後,もみ殻除去のため風力選別のみ行い,子実水分を13.0%程度に揃えたサンプルを種子形質の調査に供試した.それぞれの雑種集団種子について,Single Kernel Classification System 4100(Perten Instruments社製)を用いて種子の硬度指数(以下SKCS硬度),粒重,短粒径を300粒測定し,その平均値を以降の解析に用いた.また,種子たんぱく質含有率は近赤外分光光度計Infratec1241(FOSS社製)を用いて測定し,容積重は公定法に従いブラウェル穀粒計を用いて測定した.

選抜の効果は,上位集団種子の形質値から下位集団種子の形質値を引いた差を各世代について求め,5組み合わせの差の平均値について両側t検定を行い,その効果を確認した.t検定については,差の平均値が0,すなわち,比重選の効果が無である場合の,各組合せの差の平均値が取りうる確率を算出した.統計計算はJMP6(SAS Institute社製)を用いて行った.

4. Gpc-B1遺伝子の対立遺伝子の検出

雑種集団内における,たんぱく質含有率に関する対立遺伝子の頻度に及ぼす比重選の影響を確認するため,既知の遺伝子Gpc-B1遺伝子(Joppa and Cantrell 1990)の導入を目的とした雑種集団種子(表2)に対して,同様に比重選を行った.この試験では,DNAマーカーを用いて,選抜当代で遺伝子型を判定するため,比重選にて選抜した上位および下位集団の種子をシャーレ上で発芽させ,それぞれランダムに採取した94個体の幼葉よりDNAを抽出した.選抜個体の遺伝子型はDistelfeld et al.(2006)の報告したCAPSマーカーのうち,暖地向け品種・系統とGpc-B1供給親の間で多型を示した,Xuhw84ローカスのマーカーを用いて決定した.プライマーはuhw84-BF:CAGGAGGACTACAGGGAAGTCTとuhw84-R:CGCGGTTCTTCTACCTTGTTのセットを用い,PCR条件は98℃,2分の後,98℃-66℃-72℃を10秒-30秒-60秒の40サイクルとした.増幅断片は制限酵素StyIで4時間分解し,3%アガロースゲルを用いて,TAEバッファーにて,50ボルト90分電気泳動した.遺伝子型の判定は,ヘテロ型の判定は行わずGpc-B1高たんぱく質型の有無のみ判定した.また,幼葉からDNAを抽出したため,分離個体数の期待値は,次世代の分離比に基づいて算出した.

結果

比重選によるコムギ集団選抜の粒形質への影響について

交雑集団の上位集団と下位集団間でSKCS硬度の平均値の差は,比重選により大きくなる傾向が観察された.これは,上位集団内の硬質粒の頻度が高くなっていることを反映していると考えられた.しかし,統計的に有意な差があったのは,F2世代の集団のみであった(表3).F3およびF4世代については統計的に有意ではなかったが,硬度が大きくなる傾向は同様であった.たんぱく質含有率については,F3およびF4世代での選抜が有意な効果を示し,差の平均値はそれぞれ0.54,0.58ポイントであった(表3).容積重についても,比重選により選抜した上位集団が下位集団と比較して容積重が大きくなる傾向がみられた.ただし,たんぱく質含有率と比較すると,選抜の効果は低くF4世代の選抜でのみ5%水準で有意な差が観察された(表3).F3世代では,わずかに容積重が増加する傾向は観察されたが,F2世代については比重選の効果は全く観察されなかった.

表3. 世代ごとの比重選による上位集団と下位集団間の差の平均値に対するt検定(両側検定)結果
世代 SKCS硬度 たんぱく質含有率 % 容積重 g/L
差の平均値 t値 P値
Prob. > t
P値
Prob. < t
差の平均値 t値 P値
Prob. > t
P値
Prob. < t
差の平均値 t値 P値
Prob. > t
P値
Prob. < t
雑種第2世代 3.8 3.355 0.014* 0.986 0.22 0.712 0.258 0.742 0.0 0.000 0.500 0.500
雑種第3世代 2.8 1.669 0.085 0.915 0.54 2.557 0.031* 0.969 7.0 1.171 0.153 0.847
雑種第4世代 3.7 1.568 0.096 0.904 0.58 4.061 0.008** 0.992 11.2 2.328 0.040* 0.960
世代 粒重 g/1000粒 短粒径 mm
差の平均値 t値 P値
Prob. > t
P値
Prob. < t
差の平均値 t値 P値
Prob. > t
P値
Prob. < t
雑種第2世代 −1.1 −2.250 0.956 0.044* −0.03 −3.810 0.991 0.0095**
雑種第3世代 −0.7 −1.693 0.917 0.083 −0.02 −1.451 0.890 0.110
雑種第4世代 −0.8 −2.940 0.979 0.021* −0.01 −0.967 0.806 0.194

選抜差=比重1.36沈降種子後代集団の形質-比重1.34浮上種子後代集団の形質.

注)表中の*は5%水準で有意,**は1%水準で有意であることを示す.

一方,粒重については,F2およびF4世代での選抜によって,有意に減少していた(表3).F3世代でのみ有意な効果ではなかったが,少なくとも,粒重が小さくなる傾向はF2,F4世代と同様であった.短粒径についても,F2世代での選抜により粒が小さくなる方向へ有意な効果が認められた.また,F3,F4での効果は有意でなかったが,粒が小さくなる方向へ選抜される傾向は同様であった.

雑種集団への比重選は,表現型としてのたんぱく質含有率への選抜の効果が高いことが示された.つぎに,育種的な観点から選抜当代の種子の対立遺伝子型の分離比への影響を確認した.既知の高たんぱく質含有率遺伝子Gpc-B1において対立遺伝子の分離が期待できる3つの交配組み合わせに由来する雑種集団を用いて比重選を実施した.その結果,すべての組み合わせにおいて,上位集団では理論値よりも高たんぱく質型の対立遺伝子を保有する種子の頻度が有意に増加していることが分かった(表4).ただし,Gpc-B1遺伝子の提供親であるAnza-HGPCとYecora Rojo-HGPCに由来する2つの雑種集団の比較においては,Anzaの遺伝的背景を持つ集団のP値の方が小さくなり,比重選による分離比の歪みが大きくなる傾向があった.また,「西海165号/Anza-HPGC//羽系1167」の後代についてはF3およびF4世代において,2回の比重選を実施した材料を用いたところ,沈降した上位種子では高たんぱく質型を示した粒の頻度が非常に高くなっていた.また,F4世代で沈降しなかった下位種子集団における高たんぱく質型の種子の頻度も増加していたことから,F3世代での選抜も効果があったことが示された.以上のように,比重選による選抜は,たんぱく質含有率を高める効果のある遺伝子型頻度にも影響を及ぼしていることが確認できた.

表4. 交雑F3およびF4集団の高たんぱく質遺伝子Gpc-B1の対立遺伝子頻度に及ぼす比重選の影響
♀親 ♂親 世代 比重選 検定数 Gpc-B1遺伝子型 理論値2) χ2-test P値
保有型 通常型 保有型 通常型
西海165号 Anza-HGPC F3 上位 94 73 21 52.9 41.1 2.92 × 10−5
下位 94 45 49 52.9 41.1 0.100
西海165号 YecoraRojo-HGPC F3 上位 94 63 31 52.9 41.1 0.036
下位 94 50 44 52.9 41.1 0.547
西海165号/Anza-HGPC 羽系W11671) F4 上位 94 75 19 25.0 69.0 1.78 × 10−31
下位 94 53 41 25.0 69.0 6.31 × 10−11

1) 前年度F3世代とF4世代2回の比重選を実施した.F4での選抜に加えてF3世代での選抜の効果の影響も受けている.

2) 一世代進んだ胚の世代,F4の分離比,9:7およびF5の分離比17:47に基づく分離個体数をそれぞれの理論値とした.

考察

パン用コムギ品種に求められる形質の選抜を目的として比重選の効果を確認した.製パン用の小麦粉に求められる特性として,発酵の持続のためある程度の損傷でんぷんが求められることから,製粉工程で損傷でんぷんができやすい粒が固い品種,いわゆる硬質コムギ品種が向くとされている.粒の硬度は5D染色体上のHa遺伝子座に座乗する2つのPin遺伝子によって制御されている(Turnbull et al. 2003).粒硬度については初期世代での選抜が有効であったが,これは,硬軟質に関わる遺伝子が少数のため,自殖世代が進むと,硬軟質に関わる遺伝子以外の種子比重に関する遺伝子群のホモ接合が進み,種子比重に及ぼす種子硬度の影響が相対的に小さくなるため,後期世代での硬質粒の選抜効果が低下すると推察した.また,パン用の小麦粉には発酵時にパン酵母の発生する二酸化炭素を生地内にとどめるため,緻密なグルテンネットワーク構造が形成できるよう,たんぱく質含有率が高いことが求められる.たんぱく質含有率の向上には,より後期世代での比重選が効果的であることが示された.これは,粒硬度と対照的に,複数の遺伝子がたんぱく質含有率に関与しており,自殖世代が進むにつれて,ホモ接合の個体が増加し,たんぱく質含有率が高い種子が増加,集団内で種子比重にばらつきが大きくなるため効果的に選抜ができたと推察した.さらに,パン,日本めん用を問わず生産物の取引においてプレミアム又はディスカウントが設定されている容積重(全国米麦改良協会 2020)については,F4世代でのみ有意な選抜の効果が観察された.容積重はたんぱく質含有率だけではなく,でんぷんも含めた種子の充実を反映しているため,さらに多くの遺伝子の関与が考えられ,初期世代での選抜の効果が低かったと推察した.以上のように,少数の遺伝子に支配されている形質は初期世代で,多数の遺伝子が関与している形質は後期世代での比重選の効果が高まる傾向が観察できたことから,交配組み合わせや育種目標に応じた世代で比重選を実施することが望ましいと考えられた.

一方,比重選により農業上望ましくない方向に選抜が進む形質も見受けられた.特に粒重は,収量に直結する重要な形質であるが,比重選により軽くなる方向へ選抜される傾向があった(表3).これは粒が小さい方が,充実した種子になりやすく,種子の比重が高まりやすいことが要因と考えられた.確かに,供試した雑種集団のどの世代の比重選においても短粒径は小さくなる傾向が観察され,特にF2世代では,有意な効果として確認された(表3).しかし,F2世代でのみその効果が有意であった要因については,本報告のデータのみからでは,推察することができなかった.九州地域の登熟期はコムギにとっては高温であり,最初の分離世代であるF2世代において早生方向に強い淘汰圧がかかり小粒化した可能性もあるが,この確認のためには,成熟期の極端な早晩のない雑種集団を用いた比較,検討が必要と考えられる.

比重選は,雑種集団種子から,パン用コムギ品種に求められる形質の選抜に一定の効果があることが確認できた.容積重については,その測定に一定以上のサンプルが必要なことから,コムギ品種の用途を問わず重要視される形質であるにも関わらず,育種目標として容積重の向上を目指すことが難しかった.今回,雑種集団種子の比重選により初期世代において容易かつ効果的に容積重を改善できる可能性を示すことができた点は強調しておきたい.また,育種選抜に比重選を導入する際には,粒重低下や短粒径といった農業上望ましくない影響があることも確認できた.この影響を低減するためには,縦目線篩等を用いた粒厚(短粒径)による選別を併用し,雑種集団種子の小粒化を回避することが必要であると考えられた.また,今回,データを示すことはできなかったが,多くの比重選を実施した雑種集団において上位集団の穂数が下位集団のそれに比較して少なくなる現象が観察された.比重選に供試する雑種集団が高たんぱく質含有率になるような遺伝的形質を備えた母本を選定できていなければ,粒重や短粒径の低下だけでなく穂数も減少することになり,収量を下げる方向へ選抜してしまう可能性が高く注意が必要である.

本報告では,取り扱いの容易さやコスト面を考慮して,比重選の溶液に塩化カルシウム水溶液を用いた.水稲の種子選別に利用される,いわゆる塩水選では塩化ナトリウムが用いられるが,選抜に必要な比重の水溶液を得られなかった.また,遺跡発掘や廃棄物リサイクルの比重選別に用いられるポリタングステン酸ナトリウムは,毒性が低く,大きな比重の水溶液が得られる(檀原ら 1992)が,予備試験の際に,種子の発芽率に影響があったため利用を見送った.一方,塩化カルシウムは,溶解度が高く,常温でコムギ種子の比重に近い比重1.35周辺の水溶液が得やすいこと,選抜種子の発芽にほとんど影響が観察されなかったことから採用した.また,比重選に用いた溶液は常温で貯蔵しておくことができ,次年度の収穫時にも,比重計で比重を確認,必要に応じて調整することで問題なく利用できた.以上のように,塩化カルシウムは,取り扱いが容易で低コストの上に,コムギの種子の比重に近い溶液が得られるため,コムギの品種育成に比重選を適用するには,優れた特性を持っているといえる.

当初は労力的な観点から,収穫物の調製に用いられる風力選別機で種子を選別することも検討した.しかしながら,予備的な試験において,明確な選抜効果は確認できなかった.これは風力選別機が,もみ殻と種子を分別するなど大きな比重差の分別を目的としていること,また,風力選別機は正確には「みかけの比重」を利用していることから,溶液を用いた比重選のような効果が得られなかったと考えられる.育種現場で使われる風力選別機の多くは重力で落下する種子に対して横方向90°からの気流で選別する構造であり,重力と風から受ける力の比によって,横方向への移動距離が変わることにより対象物を選別している.対象物を球形とした場合,空気から受ける力はその断面積に比例するため,その半径の2乗に比例して大きくなる.一方,体積は対象物の半径の3乗に比例し,重量は体積と比重を乗じたものであるので,大きな対象物ほど重量によって生じる重力の影響のほうが大きくなる.以上のことから比重よりも,重さの影響を強く受け,大きな種子が選別される.風力選別機の本来の目的としては何ら問題がないが,必ずしも比重による選別ができているわけではないことが理解できる.塩化カルシウム溶液を用いたことにより,真の比重による選抜の効果を示すことができたと考えている.

今回,示した比重選の効果については,用いた雑種集団の遺伝的背景が世代によりそれぞれ異なるため,どのような遺伝的背景の交配組み合わせにおいても必ず観察されるとは断言できない.ただし,材料として用いた雑種集団の交配組み合わせは,関東以西の地域向けの品種育成では一般的に行われている,パン用系統の農業特性の改善のため暖地向けの日本めん用系統を交配親として利用する状況を想定して選定した材料である.このため,同様の地域に向けたパン用コムギ品種の育成を目的とした場合,ある程度の再現性をもって,同様の効果が得られると期待している.比重選の効果を追試,確認いただければ幸いである.

謝 辞

本研究は,エリザベスアーノルド富士財団の平成20年度研究助成「パン用品種育成のための非破壊的硬質・高たんぱく粒選抜法の開発」にて実施した.

北海道立総合研究機構北見農業試験場,長野県農業試験場から最新の育成系統をそれぞれ分譲いただいた.また,Prof. Dubucovskyからは,Gpc-B1を実用品種に導入した実験系統を分譲いただいた.

九州沖縄農業研究センター業務第2科職員山口政義氏,三池輝幸氏,中島誠氏,非常勤職員各位には試験実施に多大なご協力をいただいた.

本報告中の雑種集団から,高たんぱく質含有率のパン用コムギ品種「はる風ふわり」が育成されたことから,本法の有用性を再認識し,古いデータではあるが論文化することとした.育成に尽力いただいた各位に御礼申し上げる.

引用文献
 
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