2023 年 25 巻 2 号 p. 109-122
リンゴの葉切片からのシュート再分化率向上を目的として培養維持期間,培地の植物成長調節物質組成,葉面積,ガラス化率を指標に培養手順に関する検討を行った.材料には屋外で成育する植物体を培養系に入れる操作から実験に使用するまでの期間(培養維持期間)が異なる‘ふじ’を用いた.シュート再分化培地は植物成長調節物質濃度の異なる3種類を使用した.培養維持期間が6ヶ月の‘ふじ’は使用したすべての培地で再分化率が低く,葉切片からのシュート再分化実験には不適と考えられた.高濃度のサイトカイニン添加は培養維持期間6ヶ月目のシュート再分化率向上には効果があったが,1年7.5ヶ月以降では有意な効果が認められなかった.培養維持期間6ヶ月では,3種類の培地すべてで1ヶ月目の葉面積と3ヶ月目の再分化率に有意な相関があり,再分化率の向上には葉面積の拡大が必要と判断された.いずれの培地でも再分化率向上のための葉面積の拡大要求は培養維持期間の経過とともに小さくなることが明らかとなった.TDZ濃度とサイトカイニン/オーキシン濃度比は,その値が大きくなるほど葉面積が拡大することが示唆された.ガラス化は培養維持期間が短いほど発生割合が高く,再分化培地中のサイトカイニンの添加量の増加,サイトカイニン/オーキシン比の上昇によって発生が増加することが判明した.MBNZ511培地は培養維持期間が1年7.5ヶ月以降の区で再分化率が90%を超える場合があり,その場合の置床後1ヶ月目の平均葉面積は30 mm2以上であった.したがって,1ヶ月目に30 mm2以上の葉切片を選抜することで効率よく形質転換体が獲得できる可能性が考えられた.
The culture procedure was examined to improve the shoot regeneration rate from apple leaf segments, using the culture growth period, composition of plant growth regulators in the medium, leaf area, and vitrification rate as indexes. The apple cultivar ‘Fuji’ was used as the plant material. Each ‘Fuji’ apple had a different culture growth period. The culture growth period is the number of days from the date the plants were placed in the culture system to the date they were used in the experiment. Three types of shoot regeneration media with different concentrations of plant growth regulators were used. The shoot regeneration rates were lower in all three media with a 6-month culture growth period. Therefore, the 6-month treatment was considered unsuitable for experiments of shoot regeneration from leaf segments. The addition of high concentrations of cytokinin was effective in improving the shoot regeneration rate with the 6-month treatment; however, no significant effect was observed in the 1-year or 7.5-month treatments. In the 6-month treatment, there was a significant correlation between leaf area in the first month after the beginning of incubation and the regeneration rate in the third month for all three types of media. Therefore, it was considered that an increase in leaf area was necessary to improve the regeneration rate. The tendency to require a larger leaf area to increase the regeneration rate on all media decreased with an increase in the culture growth period. The leaf area increased with increasing concentrations of thidiazuron and an increased cytokinin/auxin ratio. It was also found that a higher thidiazuron concentration or cytokinin/auxin ratio in the regeneration medium led to more vitrification. The shorter the culture growth period, the higher the rate of vitrification. The shoot regeneration rates exceeded 90% in some petri dishes with MBNZ511 medium after culture growth periods of one year or 7.5 months. In these cases, the average leaf area in the first month after the beginning of incubation was more than 30 mm2. Therefore, it is inferred that transformants using the Agrobacterium method could be efficiently obtained by selecting leaf segments larger than 30 mm2 in the first month after the beginning of incubation. The shoot regeneration potential from leaf segments is an inherent character of individuals.
リンゴは日本における代表的な果物の一つであり,カンキツ類に次いで出荷量,消費量ともに第2位を有している(農林水産省 2021, 総務省 2021).主要な品種として‘ふじ’,‘つがる’,‘王林’,‘ジョナゴールド’などが挙げられるが,生産量の50%以上を‘ふじ’が占めている(農林水産省 2021).さらなるリンゴ産業の発展には‘ふじ’と共存可能な新品種の育成が欠かせないが,リンゴは幼若期間が長く,播種から品種登録まで例えば‘ふじ’は23年(定盛ら 1963),‘さんさ’では19年を要している(吉田ら 1988).また,木本のため樹体が大きく育苗,選抜に広大な圃場を必要とする.これらの特徴が育種の効率化を妨げる要因となっているが,他にも作業所要時間がマルバカイドウ台木を用いた普通栽培で10 aあたり180時間,わい化栽培でも156時間とされており(福田・増田 2006),剪定,摘果,収穫等の栽培管理にかかる労力が大きいことなども育種的に解決すべき課題である.
これらの育種的課題の解決策の一つとして既存品種に特定の形質を付与できるゲノム編集技術がある.日本でのゲノム編集を用いた育種の実用例として,CRISPR/Cas9によって果実にGamma Amino Butyric Acid(GABA)を高蓄積するGABAトマトの開発に成功し,市場流通した例がある(Nonaka et al. 2017).リンゴではすでに葉切片を使用したAgrobacterium法による形質転換系が一部の品種で確立されている(James et al. 1989, Sriskandarajah et al. 1994, Yao et al. 1995, De bondt et al. 1996, 伊藤ら 1997, 小森ら 1997, Maximova et al. 1998, Li et al. 2011)が,形質転換効率は0.01~2%程度である.Agrobacterium法を経由したCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集も開発されているが(Nishitani et al. 2016, Pompili et al. 2020),実験に用いられた‘JM2’,‘Golden Delicious’,‘Gala’等の品種の形質転換効率はそれぞれ約0.03%,2.5%,1.6%で,ゲノム編集個体の獲得効率はそれぞれ約0.02%,約1.6%,約1%と報告されている.Agrobacterium法による形質転換が可能な‘Greensleeves’や‘Royal Gala’では葉切片からのシュート再分化率は100%(James et al. 1989, Yao et al. 1995)であるが,‘ふじ’などの多くの主要栽培品種の再分化率は高くても60%程度である(石谷ら 2005).Agrobacteriumの感染と細胞選抜用の抗生物質であるカナマイシンの添加は,さらにシュート再分化率を低下させ(小森ら 2009),そのことがシュート再分化率が低い品種へのAgrobacterium法の適用を一層困難にしている.Agrobacterium法による形質転換が成功していない日本の主要な品種で形質転換体を作出するためには,葉切片からのシュート再分化率の向上が必須であり,詳細な再分化条件の検討が必要となる.シュート再分化には糖類,基本培地,植物成長調節物質の組成と濃度が影響しており(石谷ら 2005, 山形ら 2014b, 2016),さらに使用する植物材料の培養維持期間の長さもシュート再分化率に影響すると考えられている.今後,ゲノム編集による主要品種の形質の改善はリンゴ産業の発展に重要な役割を果たすと考えられるが,主要品種におけるさまざまな再分化系の開発および高いシュート再分化率の実現はAgrobacterium法による形質転換経由のゲノム編集,Agrobacterium法を経由しないゲノム編集のどちらにおいても,必要不可欠な課題である.
本実験では,異なる培養維持期間の植物材料を用いて,葉切片からのシュート直接再分化実験を行い,シュート再分化率の向上に有効な培養維持期間の特定およびシュート再分化培地の植物成長調節物質組成とシュート再分化率との関係等の調査を行った.
供試品種は岩手大学西下台圃場に植栽されている‘ふじ’を用いた.2017年7月31日から2021年5月12日までの間に6回圃場から枝を採取し(表1),伸長中の新梢は節ごとに切り分け,休眠枝は水挿し後に萌芽したシュートを用いて,除菌・洗浄後ビタミン以外の成分を1/2量にしたMS培地(Murashige and Skoog 1962)に置床し,in vitro条件に導入した(初代培養).その後は継代培養で植物体を維持した.継代用培地にはMS基本培地にIndole-3-butyric acid(IBA)を0.1 mg/Lと6-Benzylaminopurine(BAP)1.0 mg/L,Sucrose 30 g/L,Bacto Agar 0.68%を添加した1001培地(伊藤ら 1997, 小森ら 1997)を用いた.継代の際,シュートは1瓶に3株とし,4週間ごとに継代を行った.
葉切片培養に使用した‘ふじ’の初代培養日と培養維持期間
初代培養日 | 再分化実験開始日 | 培養維持期間(区の名称) |
---|---|---|
2021年5月12日 | 2021年11月1日 | 5ヶ月20日(6ヶ月) |
2020年4月13日 | 2021年11月25日 | 1年7ヶ月12日(1年7.5ヶ月) |
2019年4月23日 | 2022年1月20日 | 2年8ヶ月28日(2年9ヶ月) |
2019年2月14日 | 2022年1月20日 | 2年11ヶ月6日(2年11ヶ月) |
2018年5月9日 | 2022年1月20日 | 3年8ヶ月11日(3年8.5ヶ月) |
2017年7月31日 | 2022年1月20日 | 4年5ヶ月20日(4年6ヶ月) |
継代は1001培地を用いて4週間ごとに行った.
培養条件は25°C,16時間日長・光量は45 μmol・m−2・s−1 PPFD
実験に用いたMBNZ511(Maximova et al. 1998),No. 12,No. 14(川戸ら 2021)の3種類のシュート再分化培地の組成を表2に示した.葉切片からのシュート再分化の手順は,1001培地で継代後4週間経過したシュート頂端部の未展開葉および半展開葉(図1)を切り出し,1シャーレあたり15葉切片をシュート再分化培地に置床し,5シャーレで1区とした.ただし培養維持期間が6ヶ月と1年7.5ヶ月の区では10シャーレで1区(合計150葉切片)とし,実験期間中にコンタミネーションが発生した場合にはシャーレ単位(15葉切片)でデータから除外した.光条件は葉切片置床後の2週間は暗黒条件で,その後2週間は弱光条件(約0.15 μmol・m−2・s−1PPFD)とし,置床後1ヶ月目からは強光条件(約45 μmol・m−2・s−1PPFD)で培養した.培養条件は25°C,16時間日長で1ヶ月ごとに継代を行った.シュート再分化率は1ヶ月ごとに3ヶ月間調査を行った.葉面積は直上から撮影した置床後1ヶ月目の葉切片の画像を用いてImageJで計測した.
各シュート再分化培地の植物成長調節物質組成と濃度(μM)およびサイトカイニンとオーキシンの比率
NAA | BAP | TDZ | BAP/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | TDZ/NAA | |
---|---|---|---|---|---|---|
MBNZ511z | 5.4x | 22.2v | 4.5u | 4.11 | 4.94 | 0.83 |
No. 12y | 0.54w | 22.2 | 6.8t | 41.11 | 53.7 | 12.59 |
No. 14y | 0.54 | 22.2 | 31.8s | 41.11 | 100 | 58.88 |
全培地共通でMS基本培地にSucrose 22.5 g/L,Maltose 7.5 g/L,Gerlite 0.3%を添加し,pH 5.7に調整した.
y 川戸ら 2021
x 1 mg/L
w 0.1 mg/L
v 5 mg/L
u 1 mg/L
t 1.5 mg/L
s 7 mg/L
培養に使用した置床時の葉切片(‘ふじ’).
左:未展開葉,右:半展開葉.
葉切片からのシュート再分化率,シュート再分化個体の葉面積,シュート再分化個体のガラス化率についてはTukey-Kramer HSD検定による多重比較を行った.培養維持期間,植物成長調節物質濃度および濃度比,葉面積と再分化率の関係,植物成長調節物質濃度および濃度比と葉面積の関係,培養維持期間,再分化率,植物成長調節物質濃度および濃度比,葉面積とガラス化率の関係については回帰分析を行った.統計解析ソフトはExcelの分析ツール(Microsoft社)およびJMP(SAS Institute Japan Ltd.)を使用した.なお,植物成長調節物質濃度および濃度比の統計解析はモル濃度で行った.
再分化培地別および培養維持期間別のシュート再分化率を表3,図2に示した.また,葉切片置床(培養開始)後1ヶ月目の葉切片の面積を表4に示した.
‘ふじ’葉切片のシュート再分化率
培養維持期間 | 培地 | ||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
MBNZ511 | No. 12 | No. 14 | |||||||||||||||
シャーレ数z | 再分化率(%) | 標準誤差 | 有意差y | シャーレ数 | 再分化率(%) | 標準誤差 | 有意差y | シャーレ数 | 再分化率(%) | 標準誤差 | 有意差y | ||||||
6ヶ月 | 10 | 18.0 | ±4.2 | b | B | 10 | 25.3 | ±4.5 | c | B | 11 | 42.7 | ±3.4 | ns | A | ||
1年7.5ヶ月 | 9 | 65.9 | ±8.2 | a | ns | 9 | 74.1 | ±4.1 | a | ns | 9 | 64.7 | ±2.8 | ns | ns | ||
2年9ヶ月 | 5 | 57.3 | ±4.5 | a | ns | 4 | 48.3 | ±7.4 | bc | ns | 5 | 70.7 | ±7.7 | ns | ns | ||
2年11ヶ月 | 5 | 66.7 | ±11.9 | a | ns | 5 | 70.7 | ±6.5 | ab | ns | 4 | 46.8 | ±5.1 | ns | ns | ||
3年8.5ヶ月 | 5 | 66.7 | ±8.7 | a | ns | 5 | 44.9 | ±7.3 | bc | ns | 5 | 64.0 | ±4.8 | ns | ns | ||
4年6ヶ月 | 5 | 62.7 | ±4.0 | a | ns | 5 | 66.7 | ±4.7 | ab | ns | 4 | 60.5 | ±12.7 | ns | ns |
z 1シャーレあたり15葉切片を置床した.実験期間中にコンタミネーションが発生した場合はシャーレ単位でデータから除外した.
y 異なるアルファベットは5%水準で有意.ns:有意差なし(Tukey-Kramer HSD検定).a-bおよびns:各培地ごとの再分化率を培養維持期間で比較.A-Bおよびns:培養維持期間ごとの再分化率を再分化培地間で比較.
各培地の培養維持期間別の再分化率(A:MBNZ511培地,B:No. 12培地,C:No. 14培地).
a-b:異なるアルファベットは5%水準で有意.ns:有意差なし(Tukey-Kramer HSD検定).エラーバーは標準誤差.
‘ふじ’葉切片の葉面積(培養開始後1ヶ月)
培養維持期間 | 再分化培地 | ||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
MBNZ511 | No. 12 | No. 14 | |||||||||||||||
シャーレ数z | 葉面積(mm2)y | 標準誤差 | 有意差x | シャーレ数z | 葉面積(mm2) | 標準誤差 | 有意差 | シャーレ数z | 葉面積(mm2) | 標準誤差 | 有意差 | ||||||
6ヶ月 | 10 | 34.5 | ±4.5 | a | B | 10 | 55.5 | ±7.0 | a | A | 11 | 55.6 | ±2.3 | a | A | ||
1年7.5ヶ月 | 5 | 36.8 | ±5.0 | a | AB | 5 | 28.7 | ±2.0 | b | B | 5 | 54.7 | ±5.8 | a | A | ||
2年9ヶ月 | 5 | 25.6 | ±2.2 | a | ns | 4 | 28.6 | ±4.9 | b | ns | 5 | 43.1 | ±6.2 | ab | ns | ||
2年11ヶ月 | 5 | 16.9 | ±1.1 | b | AB | 5 | 23.0 | ±3.2 | b | A | 4 | 9.9 | ±2.5 | c | B | ||
3年8.5ヶ月 | 5 | 32.0 | ±2.2 | ab | AB | 5 | 39.8 | ±2.8 | ab | A | 5 | 26.0 | ±3.1 | bc | B | ||
4年6ヶ月 | 5 | 17.4 | ±2.6 | b | ns | 5 | 17.2 | ±2.5 | b | ns | 4 | 12.3 | ±1.9 | c | ns |
z 1シャーレあたり15葉切片を置床した.培養開始後1ヶ月目の葉切片の面積を計測した.実験期間中にコンタミネーションが発生した場合はシャーレ単位でデータから除外した.
y 異なるアルファベットは5%水準で有意(Tukey-Kramer HSD検定).a-bおよびns:各培地ごとの葉面積を培養維持期間で比較.A-Bおよびns:培養維持期間ごとの葉面積を再分化培地間で比較.
x 葉面積はシャーレごとに平均値を算出しシャーレ数を反復とした.培養開始後1ヶ月目の葉切片の面積を計測した.
培養維持期間6ヶ月目のシュート再分化率は他の培養維持期間と比較して有意に低い18.0%を示し,1年7.5ヶ月以降の5区は57.3~66.7%と約60%前後の安定した再分化率を示した(表3,図2A).また,培養切片の葉面積は,2年9ヶ月目以前の3区は2年11ヶ月および4年6ヶ月と比較して有意に大きかった(表4).1年7.5ヶ月~4年6ヶ月の葉面積はNo. 12,No. 14培地を使用した場合の葉面積と有意な差は見られなかった(表4).
(2) No. 12培地培養維持1年7.5ヶ月~4年6ヶ月目のうち2年9ヶ月と3年8.5ヶ月を除く3区は,6ヶ月目と比較して有意に高い再分化率を示した(表3,図2B).6ヶ月目の再分化率は再分化率が高い3区より約40%以上低かった.No.12培地は,6ヶ月目を除くと培養維持期間の違いによって再分化率が44.9~74.1%まで毎回大きく変動したが,使用した三つの培地の中で最も高い74.1%の再分化率を示した(図2B).6ヶ月の再分化率はMBNZ511培地より7.3%高かったが有意差はなかった.一方,No. 14培地との比較では再分化率が有意に低かった.葉面積は6ヶ月目が3年8.5ヶ月目以外の4区より有意に大きかった.
(3) No. 14培地No. 14培地はすべての区で42.7~70.7%の再分化率を示し,培養維持期間の違いによる再分化率の有意差は見られなかった(表3,図2C).また,6ヶ月目の再分化率は他の二つの培地より有意に高い42.7%を示し,MBNZ511培地より24.7%,No. 12培地よりも17.4%高かった(表3).葉面積は6ヶ月目と,1年7.5ヶ月の区が2年11ヶ月~4年6ヶ月の区に対して有意に大きかった.
2) 培養維持期間と再分化率,葉面積の関係 (1) 培養維持期間6ヶ月シュート再分化率は培地の種類に関わらず,他の培養維持期間と比較して低い傾向があった(表3).葉切片の葉面積は,三つの再分化培地すべてで6ヶ月目の区は葉面積が大きい傾向があった.培地間の比較ではNo. 12,No. 14培地がMBNZ511培地より有意に大きかった(表4).No. 12培地とNo. 14培地の葉面積には有意差はなかったが,標準誤差はNo. 14培地がNo. 12培地より小さかった(表4).
(2) 培養維持期間1年7.5ヶ月シュート再分化率は3種類のどの培地でも安定して64.7~74.1%の高い再分化率を示した(表3).葉面積はNo. 14培地が最大となり,No. 12培地との間で有意差が認められた(表4).
(3) 培養維持期間2年9ヶ月シュート再分化率はMBNZ511培地では57.3%,No. 12培地では48.3%,No. 14培地で70.7%となり,有意差は認められないものの培地間で20%以上の差があった(表3).培地の違いによる葉面積には有意差は見られなかったが,No. 14,No. 12,MBNZ511培地の順に葉面積が大きかった(表4).
(4) 培養維持期間2年11ヶ月再分化率は培地間で46.8~70.7%とばらつきが見られたが有意差はなかった.最も低い再分化率を示したのはNo. 14培地であった(表3).葉面積はNo. 12培地が最大で23.0 mm2,No. 14培地が最小の9.9 mm2となり,この2区間に有意差が認められた(表4).
(5) 培養維持期間3年8.5ヶ月MBNZ511培地では66.7%,No. 12培地で44.9%の再分化率を示し,培地の違いにより再分化率が20%以上の差が見られた(表3).葉面積はNo. 12培地が最大,No. 14培地が最小となり両培地の間に有意差が認められた(表4).No. 12培地は葉面積が大きく,再分化率は低かった.
(6) 培養維持期間4年6ヶ月再分化率はMBNZ511培地が62.7%,No. 12培地は66.7%,No. 14培地は60.5%を示し,培地の違いによる差はなく,どの培地でも安定して60%以上の再分化率となった(表3).葉面積も培地の違いによる有意差は見られなかった(表4).
2. 培地の種類および培養維持期間とガラス化の関係各培地のガラス化率を表5に示した.
‘ふじ’葉切片のガラス化率
培養維持期間 | 再分化培地 | |||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
MBNZ511 | No. 12 | No. 14 | ||||||||||||||||||
シャーレ数z | 再分化率 | ガラス化率y | 標準誤差 | 有意差x | シャーレ数 | 再分化率 | ガラス化率 | 標準誤差 | 有意差 | シャーレ数 | 再分化率 | ガラス化率 | 標準誤差 | 有意差 | ||||||
6ヶ月 | 10 | 18 | 2.7(14.8) | ±1.1 | ns | A | 10 | 25.3 | 9.3(36.8) | ±2.5 | a | A | 11 | 42.7 | 2.0(67.2) | ±3.3 | c | B | ||
1年7.5ヶ月 | 9 | 65.9 | 0.0(0.0) | ±0.0 | ns | A | 9 | 74.1 | 0.0(0.0) | ±0.0 | a | A | 9 | 64.7 | 20.7(32.0) | ±3.1 | bc | B | ||
2年9ヶ月 | 5 | 57.3 | 0.0(0.0) | ±0.0 | ns | A | 4 | 48.3 | 21.7(44.9) | ±3.2 | b | B | 5 | 70.7 | 33.3(47.2) | ±3.7 | c | C | ||
2年11ヶ月 | 5 | 66.7 | 0.0(0.0) | ±0.0 | ns | ns | 5 | 70.7 | 0.0(0.0) | ±0.0 | a | ns | 4 | 46.8 | 0.0(0.0) | ±0.0 | a | ns | ||
3年8.5ヶ月 | 5 | 66.7 | 0.0(0.0) | ±0.0 | ns | A | 5 | 44.9 | 25.2(55.9) | ±5.4 | b | AB | 5 | 64 | 13.3(20.8) | ±3.7 | ab | B | ||
4年6ヶ月 | 5 | 62.7 | 0.0(0.0) | ±0.0 | ns | ns | 5 | 66.7 | 0.0(0.0) | ±0.0 | a | ns | 4 | 60.5 | 0.0(0.0) | ±0.0 | a | ns |
z 1シャーレあたり15葉切片を置床した.実験期間中にコンタミネーションが発生した場合はシャーレ単位でデータから除外した.
y 全置床葉切片におけるガラス化個体の割合(カッコ内は再分化個体におけるガラス化個体の割合).
x 異なるアルファベットは5%水準で有意(Tukey-Kramer HSD検定).a-bおよびns:各培地ごとの再分化率を培養維持期間で比較.A-Cおよびns:培養維持期間ごとの再分化率を再分化培地間で比較.
ガラス化は培養維持期間6ヶ月でのみわずかに見られたが,他の培養維持期間で確認されず,結果として培養維持期間の違いによるがガラス化率には有意差がなかった.
(2) No. 12培地6ヶ月,2年9ヶ月,3年8.5ヶ月の培養維持期間で9.3~25.2%程度のガラス化が認められた.ガラス化した3区はすべて再分化率が50%以下と低くなった.一方,再分化率が70%前後になっている1年7.5ヶ月,2年11ヶ月,4年6ヶ月の‘ふじ’の場合はガラス化が見られなかった.
(3) No. 14培地培養維持期間が2年9ヶ月以前の区でガラス化が多く現れた(表5).再分化個体あたりのガラス化率も2年9ヶ月以前の区は32.0~67.2%となり,再分化したシュートがガラス化しやすいことが明らかになった.
2) 培養維持期間とガラス化の関係 (1) 培養維持期間6ヶ月どの培地でもガラス化個体が見られた.置床葉切片あたりのガラス化率はMBNZ 511培地では2.7%,No. 12培地で9.3%,No. 14培地は2.0%で,シュート再分化個体あたりのガラス化率はそれぞれ14.8%,36.8%,67.2%となった.
(2) 培養維持期間1年7.5ヶ月MBNZ511培地,No. 12培地ではガラス化が見られなかった.No. 14培地で置床個体中のガラス化率が20.7%となった.
(3) 培養維持期間2年9ヶ月MBNZ511培地ではガラス化が見られなかった.No. 12培地で21.7%,No. 14培地で33.3%のガラス化が見られた.
(4) 培養維持期間2年11ヶ月3種類のどの再分化培地でもガラス化は見られなかった.
(5) 培養維持期間3年8.5ヶ月MBNZ511培地ではガラス化が見られなかったが,No. 12培地で25.2%,No. 14培地で13.3%のガラス化が見られた.
(6) 培養維持期間4年6ヶ月3種類のどの再分化培地でもガラス化は見られなかった.
3種類の培地を使用した際の各再分化率を目的変数とし,培養維持期間を説明変数として回帰分析を行った(表6).どの培地を使用した場合でも再分化には培養維持期間が有意に影響しており,培養維持期間が長くなることで再分化率が向上する傾向が示された.この要因として,どの培地でも6ヶ月目の再分化率が低いため,直線で回帰した場合には培養維持期間の増加とともに再分化率が上昇する回帰式になったと推定された.
各培地使用時の培養維持期間を説明変数としシュート再分化率を目的変数とした場合の回帰分析
MBNZ511 | No. 12 | No. 14 | |
---|---|---|---|
一次直線回帰式 | y = 10.98x + 27.27 | y = 6.98x + 37.45 | y = 0.647x + 51.22 |
シャーレ数z | 39 | 38 | 38 |
相関係数(r) | 0.565 | 0.415 | 0.402 |
決定係数(R2) | 0.319 | 0.173 | 0.162 |
標準誤差(SE) | 22.577 | 21.771 | 16.241 |
有意確率(P) | 1.80E-04 | 0.01 | 0.014 |
二次曲線回帰式 | y = −6.95x2 + 43.82x + 1.61 | y = −6.07x2 + 35.7x + 15.18 | y = −3.36x2 + 19.73x + 36.56 |
シャーレ数z | 39 | 38 | 38 |
相関係数(r) | 0.709 | 0.596 | 0.457 |
決定係数(R2) | 0.503 | 0.355 | 0.209 |
標準誤差(SE) | 19.556 | 19.495 | 15.997 |
有意確率(P) | 8.27E-04 | 3.37E-03 | 0.046 |
各培地の培養維持期間とシュート再分化率,葉切片置床数は表3を参照.
z 1シャーレあたり15葉切片を置床した.実験期間中にコンタミネーションが発生した場合はシャーレ単位でデータから除外した.
2次曲線で回帰した場合は,決定係数(R2値)の値が高く,より再分化率の推移の実態を反映していると推察された.3種類の培地ではMBNZ511,No. 12,No. 14培地の順に高かった(表6).MBNZ511培地では2年9ヶ月以降は培養維持期間の増加とともに再分化率が低下する傾向が認められた(図2).No. 12培地も直線回帰の場合より2次曲線で回帰した場合のR2値が高かった.したがって培養維持期間が約2年目に再分化率のピークがあることが推察された.No. 14はMBNZ511,No. 12培地と比較して明確な傾向は認められなかった.
2) 植物成長調節物質の影響No. 12培地とNo. 14培地はMBNZ511培地よりもサイトカイニンとオーキシンの濃度比が大きいことから(表2),植物成長調節物質の濃度と濃度比が葉切片の再分化に与える影響を調査した.再分化率を目的変数とし,Thidiazuron(TDZ)濃度,1-ナフタレン酢酸(NAA)濃度,TDZ/NAAおよび(BAP + TDZ)/NAA(サイトカイニン/オーキシン濃度比)を説明変数として回帰分析を行った(表7).すべての培地すべての培養維持期間を合わせて解析したところ,TDZ濃度,NAA濃度およびサイトカイニンとオーキシンの比が再分化に及ぼす影響は有意ではなかった.しかし,No. 14培地を使用した場合の6ヶ月の区で再分化率が向上したことから(表3,図2C)培養維持期間の違いによって植物成長調節物質への応答が異なる可能性があると考え,培養維持期間ごとに各種植物成長調節物質濃度および濃度比を説明変数とし,再分化率を目的変数として,再度単回帰分析を行った(表8).その結果,培養維持期間6ヶ月のみでTDZ濃度,NAA濃度,サイトカイニン/オーキシン濃度比のすべてが有意に再分化率に影響を与えていることが明らかになった.最も有意に影響していたのはTDZ/NAA濃度比およびTDZ濃度であり,TDZ濃度およびTDZ/NAA濃度比が大きくなることで再分化率が向上することが示唆された.そのため,高濃度のサイトカイニンは6ヶ月程度の培養維持期間が短い葉切片に対して再分化率を高める効果があると考えられた.一方,1年7.5ヶ月以降はその効果は有意ではないことが明らかになった.
各種植物成長調節物質濃度および濃度比を説明変数としシュート再分化率を目的変数として場合の回帰分析
TDZ濃度 | NAA濃度 | TDZ/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | |
---|---|---|---|---|
シャーレ数z | 115 | 115 | 115 | 115 |
相関係数(r) | 0.093 | 0.061 | 0.094 | 0.088 |
決定係数(R2) | 0.009 | 0.004 | 0.009 | 0.008 |
標準誤差(SE) | 22.973 | 23.03 | 22.972 | 22.984 |
回帰係数(b) | 0.172 | −0.609 | 0.085 | 0.052 |
有意確率(P) | 0.323 | 0.515 | 0.32 | 0.35 |
各培地の植物成長調節物質組成,濃度および濃度比率は表2を参照.
再分化培地の種類と培養維持期間の違いは考慮せず,すべてのデータを用いて解析を行った.
z 1シャーレあたり15葉切片を置床した.実験期間中にコンタミネーションが発生した場合はシャーレ単位でデータから除外した.
培養維持期間ごとの各種植物成長調節物質濃度および濃度比を説明変数とし再分化率を目的変数とした場合の回帰分析
培養維持期間 | 6ヶ月y | 1年7.5ヶ月 | 2年9ヶ月 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
TDZ濃度 | NAA濃度 | TDZ/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | TDZ濃度 | NAA濃度 | TDZ/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | TDZ濃度 | NAA濃度 | TDZ/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | |||
シャーレ数z | 15 | 15 | 15 | 15 | 15 | 15 | 15 | 15 | 15 | 15 | 15 | 15 | ||
相関係数(r) | 0.649 | 0.48 | 0.66 | 0.641 | 0.103 | 0.118 | 0.077 | 0.004 | 0.494 | 0.101 | 0.463 | 0.341 | ||
決定係数(R2) | 0.421 | 0.23 | 0.435 | 0.411 | 0.011 | 0.014 | 0.006 | 0 | 0.245 | 0.01 | 0.214 | 0.116 | ||
標準誤差(SE) | 12.966 | 14.954 | 12.808 | 13.077 | 16.757 | 16.727 | 16.796 | 16.846 | 15.233 | 17.437 | 15.533 | 16.474 | ||
回帰係数(b) | 0.853 | −3.482 | 0.428 | 0.271 | −0.134 | −0.838 | −0.05 | 0.001 | 0.636 | −0.701 | 0.292 | 0.138 | ||
有意確率(P) | 7.81E-05 | 6.30E-03 | 5.40E-05 | 1.01E-04 | 0.611 | 0.556 | 0.703 | 0.986 | 0.072 | 0.732 | 0.095 | 0.233 | ||
培養維持期間 | 2年11ヶ月 | 3年8.5ヶ月 | 4年6ヶ月 | |||||||||||
TDZ濃度 | NAA濃度 | TDZ/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | TDZ濃度 | NAA濃度 | TDZ/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | TDZ濃度 | NAA濃度 | TDZ/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | |||
シャーレ数z | 14 | 14 | 14 | 14 | 15 | 15 | 15 | 15 | 14 | 14 | 14 | 14 | ||
相関係数(r) | 0.489 | 0.16 | 0.469 | 0.372 | 0.182 | 0.33 | 0.12 | 0.071 | 0.111 | 0.039 | 0.095 | 0.042 | ||
決定係数(R2) | 0.239 | 0.025 | 0.22 | 0.138 | 0.033 | 0.109 | 0.014 | 0.005 | 0.012 | 0.002 | 0.009 | 0.002 | ||
標準誤差(SE) | 18.721 | 21.186 | 18.95 | 19.921 | 18.439 | 17.705 | 18.617 | 18.706 | 16.788 | 16.88 | 16.816 | 16.877 | ||
回帰係数(b) | −0.82 | 1.361 | −0.387 | −0.195 | 0.258 | 2.512 | 0.084 | −0.032 | −0.146 | −0.26 | −0.062 | −0.017 | ||
有意確率(P) | 0.076 | 0.586 | 0.09 | 0.19 | 0.515 | 0.23 | 0.67 | 0.803 | 0.706 | 0.895 | 0.746 | 0.886 |
置床後1ヶ月目の葉面積と置床後3ヶ月目のシュート再分化率の関係を培養維持期間ごとに散布図で示した(図3).
葉面積と再分化の関係.
シャーレごとのシュート再分化率をプロットした散布図.r:相関係数,R2:決定係数,P:回帰式の有意確率.
培養維持期間6ヶ月では,3種類の培地すべてで1ヶ月目の葉面積と3ヶ月目の再分化率に有意な相関があり再分化率の向上には葉面積の拡大が必要と判断された.しかし,葉面積が拡大しても再分化率は最大でも60%以下と低かったことから葉切片からのシュート再分化実験には不適と考えられた.
培養維持期間1年7.5ヶ月では,MBNZ511培地は再分化率が高い三つのシャーレと低い二つのシャーレに分かれ,葉面積と再分化率の関係が明確ではなかった.No. 14培地は葉面積と再分化率に有意な相関が認められた.MBNZ511培地とNo. 14培地では置床後1ヶ月目の葉面積がおよそ20 mm2以上の場合に再分化率50%以上が期待できることが推察された.
培養維持期間2年9ヶ月では,MBNZ511,No. 12培地は葉面積と再分化率の関係が不明確であった.No. 12培地の一つのシャーレは葉面積,再分化率がともに小さかったが,他の3シャーレは60%前後の再分化率を示し,シャーレにより差が大きいことが推察された.No. 14培地は葉面積が大きく再分化率が高いグループと葉面積が小さく再分化率が低いグループの二群に分かれたが,葉面積と再分化率に有意な相関が認められた.MBNZ511培地では20 mm2以上,No. 12とNo. 14培地では30 mm2以上の場合に再分化率50%以上が期待できることが推察された.
培養維持期間2年11ヶ月では,No. 12培地は葉面積と再分化率に有意な相関が認められたが,他の二つの培地では関係は不明瞭であった.特にNo. 14培地は葉面積が拡大せず,再分化率が低いシャーレが多く,2年9ヶ月のNo. 14培地も同様に葉面積が拡大していない切片が観察された.50%以上のシュート再分化率のためには,No. 12培地では15 mm2以上の葉面積が必要と考えられた.培養維持期間2年11ヶ月の区は2年9ヶ月以前の3区よりシュート再分化に葉面積の拡大を要求していない可能性がある.
培養維持期間3年8.5ヶ月では,3種類の培地とも葉面積と再分化率に有意な相関が認められた.No. 12培地は他の培地より葉面積が大きく再分化率も低かった.葉切片の観察からも3年8.5ヶ月のNo. 12培地では葉面積は拡大していて再分化していない葉切片が多く認められた(データ省略).この傾向は2年9ヶ月のNo. 12培地でも認められた.この原因として,置床時の葉切片が小型の展開葉であった可能性が考えられる.葉切片からの再分化率が葉切片のステージに影響され,再分化能は未展開葉と半展開葉で高く,展開葉で低いことが山形ら(2014a)によって報告されている.50%以上の再分化率を得るためには,MBNZ511培地では30 mm2,No. 12培地では40 mm2,No. 14では20 mm2以上の葉面積が必要と推察された.
培養維持期間4年6ヶ月では,MBNZ511培地の葉面積と再分化率の関係は不明確だが,No. 12とNo. 14培地では有意な相関が認められた.ただし,No. 14培地は再分化率が高いグループと低いグループに分かれた.50%以上の再分化率を得るためにはMBNZ511培地では15 mm2,No. 12培地では10 mm2,No. 14培地では15 mm2以上の葉面積が必要と推察された.
以上の結果から,No. 12とNo. 14培地は1ヶ月目の葉面積と3ヶ月目の再分化率の間に有意な相関が認められる傾向にあるが,MBNZ511培地ではその相関が不明瞭と考えられた.その原因として,MBNZ511培地は葉面積の拡大が一定程度で抑えられる培地であることが推察された.いずれの培地でも再分化率向上のための葉面積の拡大要求は培養維持期間の経過とともに小さくなることが明らかとなった.置床後1ヶ月の時点での葉面積の拡大状況から,再分化が期待できる葉切片の見極めが可能になると考えられた.
(2) 葉面積と植物成長調節物質の関係葉面積の拡大に与える再分化培地の植物成長調節物質の影響について,各種植物成長調節物質濃度および濃度比を説明変数とし,葉面積を目的変数として単回帰分析を行った(表9).その結果,TDZ濃度,NAA濃度および(BAP + TDZ)/NAA濃度比が有意に葉面積に影響していることが明らかになった.回帰係数が正の値のTDZ濃度と(BAP + TDZ)/NAA濃度比は,その値が大きくなるほど葉面積が拡大することが示唆され,NAA濃度は小さいほど葉面積が拡大することが示唆された.
各種植物成長調節物質濃度および濃度比を説明変数とし葉面積を目的変数とした場合の回帰分析
TDZ濃度y | NAA濃度x | TDZ/NAAw | (BAP + TDZ)/NAAv | |
---|---|---|---|---|
シャーレ数z | 107 | 107 | 107 | 107 |
相関係数(r) | 0.238 | 0.256 | 0.253 | 0.277 |
決定係数(R2) | 0.057 | 0.066 | 0.064 | 0.077 |
標準誤差(SE) | 18.109 | 18.022 | 18.038 | 17.913 |
回帰係数(b) | 0.35 | −2.075 | 0.183 | 0.131 |
有意確率(P) | 0.014 | 7.74E-03 | 0.067 | 3.82E-03 |
図3で示したようにNo. 12とNo. 14は葉面積の拡大と再分化率に相関が認められるが,再分化したシュートのガラス化が多く観察された.ガラス化はシュートの伸長を抑制し,他のシュートの分化も阻害する(図4C, D).再分化培地の成分および植物材料の培養維持期間とガラス化の関係について調査を行うため,培養維持期間,再分化率,植物成長調節物質の濃度および濃度比,葉面積とガラス化の関係について回帰分析を行った(表10).
再分化シュートの様子.
A,B:健全な再分化シュート.C,D:ガラス化した再分化シュート.
培養維持期間,再分化率とガラス化の関係,各種植物成長調節物質濃度および濃度比,葉面積とガラス化率の関係
説明変数:培養維持期間 目的変数:ガラス化率 | ||||
---|---|---|---|---|
MBNZ511 | No. 12 | No. 14 | ||
シャーレ数z | 39 | 38 | 40 | |
相関係数(r) | 0.439 | 0.097 | 0.607 | |
決定係数(R2) | 0.193 | 0.009 | 0.368 | |
標準誤差(SE) | 1.866 | 11.393 | 11.594 | |
回帰係数(b) | −0.648 | 0.782 | −6.249 | |
有意確率(P) | 0.005 | 0.561 | 3.28E-05 | |
説明変数:ガラス化率 目的変数:再分化率 | ||||
MBNZ511 | No. 12 | No. 14 | ||
シャーレ数z | 39 | 38 | 38 | |
相関係数(r) | 0.41 | 0.256 | 0.091 | |
決定係数(R2) | 0.168 | 0.066 | 0.008 | |
標準誤差(SE) | 24.954 | 11.065 | 14.27 | |
回帰係数(b) | −5.4 | −0.122 | 0.074 | |
有意確率(P) | 0.01 | 0.121 | 0.585 | |
説明変数:各種植物成長調節物質濃度および濃度比 目的変数:ガラス化率 | ||||
TDZ濃度 | NAA濃度 | TDZ/NAA | (BAP + TDZ)/NAA | |
シャーレ数z,y | 117 | 117 | 117 | 117 |
相関係数(r) | 0.56 | 0.477 | 0.578 | 0.587 |
決定係数(R2) | 0.313 | 0.227 | 0.335 | 0.345 |
標準誤差(SE) | 10.715 | 11.367 | 10.547 | 10.467 |
回帰係数(b) | 0.581 | −2.655 | 0.296 | 0.193 |
有意確率(P) | 7.91E-11 | 7.29E-08 | 1.30E-11 | 5.40E-12 |
説明変数:葉面積 目的変数:ガラス化率 | ||||
MBNZ511 | No. 12 | No. 14 | ||
シャーレ数z | 35 | 34 | 38 | |
相関係数(r) | 0.287 | 0.133 | 0.456 | |
決定係数(R2) | 0.082 | 0.018 | 0.208 | |
標準誤差(SE) | 2.093 | 11.658 | 12.75 | |
回帰係数(b) | 5.23 | 8.009 | 30.347 | |
有意確率(P) | 0.095 | 0.454 | 0.004 |
MBNZ511培地とNo. 14培地では培養維持期間の違いがガラス化に有意に影響し,培養維持期間が短いほどガラス化率が高い傾向が示された(表10).MBNZ511培地については6ヶ月目のみでガラス化が見られ,他の二つの培地でも6ヶ月目の区でガラス化個体が確認されたことから,再分化率と同様にガラス化率も6ヶ月の区は他の5区と異なる反応を示すことが推察された.No. 12培地で培養維持期間とガラス化の間に有意な関係が見られなかった原因は,培養維持期間の経過とともに培養維持期間1区おきにガラス化が見られたためと考えられた(表5).
2) シュート再分化率とガラス化の関係MBNZ511培地のみガラス化率が上昇することで,シュート再分化率が低下することが示唆された(表10).この原因として,6ヶ月の区が影響しているためであると考えられたため,6ヶ月の区を除いた5区のみで回帰分析を行うと有意な関係は見られなかった(データ省略).No. 12培地,No. 14培地はガラス化率と再分化率に有意な関係は認められなかった.
3) 植物成長調節物質濃度およびサイトカイニン/オーキシン濃度比とガラス化の関係ガラス化に及ぼす植物成長調節物質濃度とサイトカイニンとオーキシン濃度比の影響について回帰分析を行った(表10).再分化培地のTDZ濃度,NAA濃度およびサイトカイニンとオーキシンの濃度比すべてがガラス化に有意に影響することが明らかになった.サイトカイニンの添加量の増加,サイトカイニンとNAA濃度比の上昇およびNAA濃度の低下によってガラス化の発生が増加することが示された.また,三つの培地の中ではMBNZ511培地が最もガラス化しにくく,No. 12培地は培養維持期間と無関係にガラス化が発生し,No. 14培地は培養期間が長くなることでガラス化率が低下したことから(表5,表10),ガラス化を抑制するためには培地の植物成長調節物質組成はTDZ濃度およびサイトカイニンとオーキシンのモル濃度比がNo. 14培地より小さい条件が適しており,培養維持期間は長いことが好適と考えられた.
ガラス化は外生のサイトカイニンによって濃度依存的に促進されることが報告されている(Leshem et al. 1988, Kataeva et al. 1991, Williams et al. 1991, Ivanova et al. 2006).本研究でもTDZの添加量が多いほどガラス化が著しい結果となった.また,ガラス化は培養維持期間が短いほど発生しやすいことが明らかとなった.外生の植物成長調節物質に対する反応が培養維持期間によって異なることから,6ヶ月をはじめとする培養維持期間が短い葉切片は内生の植物ホルモンバランスは培養維持期間が長い区とは異なることが推察され,内生の植物ホルモン量は経時的に変化していると考えられた.
4) 葉面積の影響ガラス化の発生率と葉切片の葉面積の関係について各再分化培地ごとのガラス化率を目的変数,葉面積を説明変数として単回帰分析を行った(表10).MBNZ511培地およびNo. 12培地の場合は葉面積の拡大とガラス化増加には有意な関係が認められない結果となった.No. 14培地を使用した場合の葉面積は有意にガラス化へ影響を与えていることが明らかになり,回帰係数が正の値であることから葉面積が拡大するほどガラス化が生じることが明らかになった.No. 14培地の葉面積は培養維持期間6ヶ月~2年9ヶ月の区で2年11ヶ月~4年6ヶ月の区より有意に大きく(表4),ガラス化率も多いことから(表5),培養維持期間が長く,葉面積が著しく拡大しない2年11ヶ月以降の植物体がガラス化抑制には好適と考えられた.また,葉面積の拡大と再分化培地の植物成長調節物質濃度はサイトカイニン量が多いことで葉面積が拡大することが示唆されているので(表9),再分化培地のサイトカイニン量が増加することで,葉面積が拡大し,ガラス化率も増加すると考えられた.
3. 葉切片からのシュート再分化に適する培地,培養維持期間と培養手順 1) 実験に使用した培地の特徴MBNZ511培地は各培養維持期間の違いによる葉面積の変動が最も小さく(図3),葉面積の拡大程度が安定しており,培養維持期間が1年7.5ヶ月~4年6ヶ月の間で再分化率に差が見られなかったと考えられる(図2A).
No. 12培地は今回の実験で最も高い再分化率(74.1%)を示した(表3)ことから再分化培地として優れている可能性があるが,再分化率が安定せず(図2B),培養開始時の葉切片の選び方など細かい条件設定が必要と推測され実用的な培地ではないと考えられた.
No. 14培地はNo. 12培地と同様に再分化率の向上には葉面積の拡大を要求する培地(図3)だが,No. 12培地より再分化率は安定しており(図2C),葉面積の拡大を要求しなくなる培養維持期間2年11ヶ月以降(図3)の植物材料を用いた場合には再分化培地としての適性があると考えられる.しかし再分化率が2年9ヶ月をピークに減少する可能性がある(図2 C,表6)ことから,使用できる培養維持期間が限定される可能性がある.また,No. 14培地は2年9ヶ月以前のガラス化率が高く3年8.5ヶ月でもガラス化が見られる(表5)ことから,再分化能を維持する範囲で培地のサイトカイニン濃度を下げる必要があると考えられた.
2) 葉切片からのシュート再分化に適する培養維持期間培養維持期間6ヶ月目の区は3種類の培地とも再分化率が低く(図2,表3)葉切片からのシュート再分化用の植物材料としては不適と考えられた.6ヶ月目の区で再分化率が低い原因として内生の植物ホルモンの動態の影響が推察される.6ヶ月目の区の再分化率はサイトカイニン量が最も多いNo. 14培地で再分化率が最も向上し,次いでNo. 12,MBNZ511培地の順となった(表3).回帰分析の結果も6ヶ月の再分化率と植物成長調節物質濃度の間に有意な相関が認められていることから(表8),6ヶ月目の植物体の内生サイトカイニン量が他の5区よりも少なく,再分化能が低い状態にあると考えられた.培養維持期間1年半以降の培養植物体は,内生の植物ホルモン動態が安定し,葉切片からのシュート再分化実験に適する植物材料になったと推察された.
培養維持期間1年7.5ヶ月目の区は3種類の培地ですべて64%以上の再分化率を示した(表3)ことから,培養維持期間1年半~2年半の植物材料は葉切片のシュート再分化に適していると考えられるが,No. 14培地は再分化率の向上に葉面積の拡大が必須である(図3).2年9ヶ月以上の植物材料では再分化率が高いものがある一方で,培地や培養維持期間によってばらつきが大きかった(図2).置床する葉切片のステージと大きさを精選する等の適切な培養条件を選べば1年7.5ヶ月より葉面積の拡大要求が少なく安定して高い再分化率を示す可能性がある.
3) 効率的な形質転換体作出のための試みMBNZ511培地は培養維持期間が1年7.5ヶ月と2年11ヶ月,3年8.5ヶ月の区で再分化率が90%を超えているシャーレが存在する(図3).置床時の葉切片を精選することでさらに再分化率の向上が期待できるが,置床後1ヶ月の時点で一定以上の大きさの葉切片のみを培養することでもシュート獲得効率を向上できる可能性がある.培養維持期間1年7.5ヶ月のMBNZ511培地を例にすれば,再分化率は5シャーレ平均で65.9%だが(表3),3シャーレのシュート再分化率が90%を超えていた(図3).90%を超えているシャーレの平均葉面積は30 mm2以上であることから,置床後1ヶ月目に葉面積が30 mm2の葉切片を選抜することで効率よく再分化する個体を得ることができると考えられる.当該区で置床後1ヶ月目に葉面積が30 mm2を超えているシャ-レは5シャーレ中3シャーレ(60%)で,すなわち60%のシャーレで90%以上の再分化率が期待できることになる.
通常の培養手順で‘ふじ’5000葉切片を置床した場合,上記のようにMBNZ511培地での培養維持期間1年7.5ヶ月の平均再分化率は65.9%なので3ヶ月目にシュートを形成する葉切片は3295個となる.一方,90%の再分化率が期待できる置床後1ヶ月目で30 mm2以上の葉切片(置床葉切片の60%)のみを残した場合,継代する葉枚数は3000切片,3ヶ月目にシュートを形成する葉切片は2700個となる.リンゴの形質転換では培養開始から形質転換体の獲得まで5ヶ月を必要とすることから,毎回継代する葉切片を40%減らせることは培養手順の効率化につながる.
形質転換に用いられることが多い‘Greensleeves’や‘Royal Gala’の再分化率は100%で,これらの品種の形質転換率はそれぞれ1~2%と0.4%である(James et al. 1989, Yao et al. 1995).葉切片からのシュート再分化能は品種・系統・個体に固有の特性であり,‘ふじ’等の再分化能が低い品種のシュート再分化率を向上させることには限界がある.再分化能および形質転換効率が低い個体でゲノム編集個体を作出する場合には,葉切片からの直接再分化以外のさまざまな再分化系を用いてシュート再分化率の向上を図ることやAgrobacterium法を用いないゲノム編集方法を探る必要がある.
今回は培養維持期間と葉切片からのシュート再分化の関係を中心に調査し,葉切片培養に好適な培養維持期間と培養方法の手順の検討を行った.今後さらに培養手法と培養手順の改良・開発を行う予定である.
本研究の一部はJSPS科研費20K06029の助成を受けて実施した.