育種学研究
Online ISSN : 1348-1290
Print ISSN : 1344-7629
ISSN-L : 1344-7629
原著論文
日本型イネの遺伝的背景への早朝開花性導入による高温不稔軽減効果
平林 秀介田之頭 拓田中 明男竹牟禮 穣若松 謙一石丸 努佐々木 和浩
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 25 巻 2 号 p. 140-149

詳細
摘 要

イネは開花時に35℃以上の高温にさらされると不稔になる危険性が高まることが知られており,地球温暖化に伴い,高温不稔の発生による収量の低下が懸念されている.高温不稔を低減するには,昼間の高温を避け,気温の低い早朝に開花させる「早朝開花性」が有効である.Hirabayashi et al.(2015)はこれまでに,インド型イネ品種の遺伝的背景に早朝開花性のQTL(qEMF3)を導入した準同質遺伝子系統(Near-isogenic line; NIL)を育成し,開花時の高温不稔発生を軽減できることを実証した.しかし,日本で普及している異なる日本型イネ品種を遺伝的背景に持つqEMF3のNILは育成されていない.そこで,本研究では,日本型イネ4品種「ひとめぼれ」,「ヒノヒカリ」,「にこまる」および「とよめき」の遺伝的背景に戻し交配によりqEMF3を導入して作出したNILを用いて,早朝開花性および高温不稔回避性を検証した.午前6時から室温を上昇させた自然光型人工気象器で開花日1日だけの高温処理を行ったポット試験では,早朝開花性NILはすべての遺伝的背景と高温処理下において,開花時刻が反復親品種より2~4時間早く,35℃に達する午前10時30分までには概ね開花を終えていた.その結果,早朝開花性NILでは開花時の高温ストレス条件に遭遇せず,高いレベルの稔性を維持できた.加えて,出穂期に35℃の日中の連続高温処理を行った鹿児島県のガラス温室内のコンクリート枠水田の試験でも,反復親品種と比較して,早朝開花性NILは高い稔実率を維持することができた.日本型イネ4品種にqEMF3を導入した早朝開花性NILと反復親とで基本的な農業形質に大きな違いはなく,早朝開花性QTL(qEMF3)は日本型イネの遺伝的背景においても,開花時の高温不稔を軽減できる有用なQTLである.

Translated Abstract

High temperatures over 35℃ at anthesis induces spikelet sterility. There is a concern that high-temperature-induced spikelet sterility will decrease rice yield due to global warming. We have developed near-isogenic lines (NILs) carrying the QTL (qEMF3) for avoiding high-temperature-induced sterility at anthesis by flowering at a cooler temperature in the early morning in the indica genetic background. We demonstrated that high-temperature-induced sterility can be reduced by using NILs. However, it has not been proved whether qEMF3 induces early-morning flowering (EMF) in the genetic background of japonica rice, and whether it produces the effect of avoiding high-temperature-induced sterility.

In this study, qEMF3 was introduced into the genetic background of four japonica rice cultivars, “Hitomebore”, “Hinohikari”, “Nikomaru”, and “Toyomeki”, by backcrossing. By using the NILs, early-morning flowering and the avoidance of high-temperature-induced sterility were verified. In a pot test of high-temperature treatment at only one flowering day in growth chambers in which the temperature was raised from 6:00 a.m., each qEMF3 NIL flowered 2–4 hours earlier than the recurrent parent cultivar under all genetic backgrounds. qEMF3 NILs mostly finished flowering by 10:30 a.m., when the temperature reached 35°C.

As a result, each qEMF3 NIL did not encounter high-temperature stress conditions at anthesis and could maintain a high level of fertility. On the other hand, in an experiment conducted on a concrete-framed paddy field in a greenhouse in Kagoshima Prefecture in Japan, where continuous high-temperature treatment at around 35℃ was performed during the heading stage, each qEMF3 NIL showed a higher seed fertility rate than the recurrent parent cultivar. From this, it was concluded that the EMF QTL (qEMF3) is an effective QTL for mitigating high-temperature-induced sterility even in the genetic background of japonica rice.

緒言

地球温暖化が進み,世界での年平均気温は1880~2012年の間に0.85℃上昇した(IPCC 2013)が,日本国内も例外ではなく,1898年から2019年の間に1.24℃/100年と高い割合で上昇した(文部科学省 気象庁 2020).穀物は開花期に最も高温に感受性が高く(Prasad et al. 2017),イネでは開花期の昼温が35℃を超えると急激に不稔率が増え始める(Satake and Yoshida 1978, Horie 1993, 金ら 1996, Matsui et al. 1997, Maruyama et al. 2013, Hakata et al. 2017, Jagadish et al. 2008, Weerakoon et al. 2008).また,開花時に1時間でも気温35℃以上の高温に遭遇すると,不稔が誘発されることが知られている(Jagadish et al. 2007).

東南アジアと南アジアの稲作地帯の一部においてすでに乾季に高温不稔を誘発する危険な温度域に達していると考えられており(Horie 2019, Wassmann et al. 2009),開花時の高温による著しい高温不稔の発生被害が報告されている(Osada et al. 1973, Matsushima et al. 1982, Ishimaru et al. 2016b).一方日本では,高温不稔による実質的な被害は出ていないものの,2007年と2018年の関東・東海地域を中心に,38℃を超す異常高温に遭遇した地点があった.その異常高温時に開花期を迎えたイネの中には,不稔発生が通常より多くみられたことが報告されている(Hasegawa et al. 2011, Yoshimoto et al. 2021).温暖化が一段と進行した場合,高温不稔による減収は世界的に大きな問題となる懸念があり,高温不稔の発生を軽減する品種育成は,地球規模での食糧安全保障を強化するための1つの鍵となる.

開花時高温不稔の発生を軽減する有効な方法として,昼間の高温を避け気温の低い早朝に開花させる「早朝開花性」の付与が提言されている(Satake and Yoshida 1978).Ishimaru et al.(2010, 2016a)は,イネ遠縁Cゲノム野生種O. officinalis由来早朝開花性系統「EMF20」(農林29号4倍体/O. officinalis//コシヒカリ)を選抜し,その「EMF20」について,早朝開花性による高温不稔回避性を示した.続いてHirabayashi et al.(2015)は「EMF20」が持つ早朝開花性の遺伝的要因を解明するためQTL解析を実施し,早朝開花性QTL;qEMF3を同定するとともに,インド型イネ品種「南京11号」および「IR64」の遺伝的背景にqEMF3を導入した準同質遺伝子系統(Near-isogenic line; NIL)を用いて,インド型イネ品種でqEMF3による早朝開花性と高温不稔軽減を人工気象室の高温ストレス条件で実証した.またインド型イネ品種「IR64」にqEMF3を導入したNILを用い,ミャンマーの酷暑期の圃場条件でも,不稔発生軽減を通じた収量低下の軽減効果が実証されている(Ishimaru et al. 2022).しかし日本で普及している日本型イネ品種における遺伝的背景では,qEMF3の導入による開花時刻の早朝化や農業形質への影響,開花時高温不稔回避が示されていない.今後,高温不稔対策にqEMF3の導入・普及を図るには,日本型イネ品種の遺伝的背景でもNILの基本的な農業形質が反復親品種と大きくは変わらないことを確認するとともに,安定的に早朝開花性が認められることとそれに伴う高温不稔回避効果を実証する必要がある.

本研究では,日本型イネ4品種「ひとめぼれ」,「ヒノヒカリ」,「にこまる」および「とよめき」の遺伝的背景にqEMF3を導入した準同質遺伝子系統(NIL)を育成し,ポット栽培とガラス温室内のコンクリート枠水田で早朝開花性および高温不稔回避性を検証したので報告する.

材料および方法

1. 準同質遺伝子系統の作出

本研究で使用した供試材料の作出について,図1に示す.早朝開花性系統「EMF20」(Ishimaru et al. 2010, 2016a)に「コシヒカリ」をBC5まで戻し交雑し,早朝開花性系統を選抜するとともにDNAマーカーにより,遺伝背景を「コシヒカリ」型に置換した系統を選抜し,「コシヒカリ」の早朝開花性系統「コシヒカリ+qEMF3」を開発した(平林ら未発表).「コシヒカリ+qEMF3」に「ヒノヒカリ」,「にこまる」,「ひとめぼれ」および「とよめき」を反復親として,BC4まで戻し交雑F1個体の表現型による早朝開花個体の選抜と戻し交雑を繰り返し,BC4F1以降自殖して,早朝開花とそれ以外の形質については同質性を示す個体および系統の選抜を行った.「ヒノヒカリ」の早朝開花性NILとして「ヒノヒカリ+qEMF3」,「にこまる」の早朝開花性NILとして「にこまる+qEMF3」,「ひとめぼれ」の早朝開花性NILとして「HT2」,「HT4」の2系統,「とよめき」の早朝開花性NILとして「TY2」,「TY9」の2系統を作出した.qEMF3は日本型間での選抜マーカーの設定ができなかったが,安定した部分優性を示す(Hirabayashi et al. 2015)ことから,達観での早朝開花個体選抜を行った.作出した早朝開花性NILと各反復親について,6つの農業形質について調査した.出穂期は各NILおよび各反復親の供試個体の50%が出穂を始めた日を示し,稈長,穂長,穂数/株,株重/株および穂重/株は各NILおよび各反復親について各10株調査した.統計解析は統計ソフトRを用い有意差検定(5%)を行った.

図1.

早朝開花性qEMF3の準同質遺伝子系統の材料作成.

2. ポット試験による高温処理と開花時刻および稔実率調査

試験は2020年に農研機構作物研究所(現:作物研究部門,つくば市)で行った.播種後21日の中苗を1株1本植えで農研機構谷和原水田圃場に5月21日から4日おきに5回移植した(施肥量:LP複合100日型基肥N 0.8/P 0.8/K 0.8 kg/a).止葉が抽出してから生育がそろった株を出穂10日前までに,バケツポットに株上げし,温度処理を行うまで研究所の屋外で栽培した.処理前日の夕方から自然光型人工気象器内にポットを移動し,開花期に1日のみ温度処理を行った.反復親とその早朝開花性NILの50%出穂日のずれは最大1日以内のイネを選抜して供試したため,同じ開花期に開花調査や温度処理を行うことができた.温度処理区としては屋外の環境で開花させた外気温区,午前6時から人工気象器内の最高気温を37℃程度および40℃程度まで上昇させた,それぞれ37℃区および40℃区の3処理区を設定した.気温の記録にはT&D社製のおんどとりTR-72WBを用い15分おきに測定した.「ひとめぼれ」,「HT2」,「HT4」,「とよめき」,「TY2」および「TY9」については8月10日に,「ヒノヒカリ」,「ヒノヒカリ+qEMF3」,「にこまる」および「にこまる+qEMF3」については8月26日に開花時刻を調査し,その後,各処理区の稔実率を調査した.

開花調査と稔実率調査は,各反復親品種とその早朝開花性NILについて,開花最盛期の1株を1反復とし,3株を調査した.各株2穂を開花調査用に,各株3穂を稔実率調査用に用いた.開花調査した穂は,穂を直接手で触るため,稔実に影響を及ぼす可能性が考えられたことから,開花調査用と稔実調査用の調査穂は別とした.開花調査は午前6時から30分ごとに開花穎花に油性マーカーで印をつけるとともに,開花穎花数を記録した.一方,稔実調査用開花調査は,稔実率に影響のないよう,概ね開花が終了した午後2時以降に,当日に開花した穎花に油性マーカーで印をつけた.成熟期に達した段階で収穫し,印のついた穎花を触診により稔実籾と不稔籾に分類した.開花時刻の解析はHirabayashi et al.(2015)に従い,各時刻に開花した穎花の割合を積算していき,統計ソフトRを使用しロジスティックス関数の曲線に当てはめた.10%,50%および90%の穎花が開花する時刻を算出し,T10,T50およびT90とした.各開花時刻および稔実率の統計解析は統計ソフトRを用い,Tukey法による有意差検定(5%)を行った.

3. ガラス温室内のコンクリート枠水田による高温処理と稔実率調査(鹿児島県)

試験は2021年に鹿児島県農業開発総合センター(南さつま市)で行った.材料は,「ひとめぼれ」と「HT4」,「とよめき」と「TY9」,「ヒノヒカリ」と「ヒノヒカリ+qEMF3」および「にこまる」と「にこまる+qEMF3」を用いた.ガラス温室内のコンクリート枠水田に播種後25日の中苗を1株3本で5月21日および5月31日の2回移植した(施肥量 基肥N 5.0/P 5.8/K 6.7 g/m2).7月6日から,ガラス温室の天窓・側窓の開閉により午前10時以降の気温を35~36℃に制御した.開花期の高温処理については50%出穂日を挟んで前後3日間,計7日間の10~12時のガラス温室内の平均気温を算出した.気温の記録にはT&D社製のおんどとりTR-503を用いた.開花時刻は調査せず,成熟期に収穫後,1品種・系統1株当たり5穂の稔実率を調査し,10株(10反復)の平均値を求めた.統計解析は統計ソフトRを用いて,t検定による有意差検定(5%)を行った.

結果

1. 準同質遺伝子系統の農業形質

各早朝開花性NILとその各反復親について,表1に早朝開花性以外6つの農業形質(出穂期,稈長,穂長,穂数/株,株重/株,穂重/株)を示す.「ひとめぼれ」,「ヒノヒカリ」および「にこまる」の遺伝的背景での各早朝開花性NILでは,各形質において各反復親と有意な差は認められなかった.「とよめき」遺伝的背景のNILの「TY2」および「TY9」では,「とよめき」とそれぞれ穂長と穂重および穂長と穂数に有意な差が認められた.

表1.

早朝開花性NILの農業形質

品種・系統名 出穂期(月/日) 稈長(cm) 穂長(cm) 穂数(本/株) 株重(g/株) 穂重(g/株)
HT2 8/9 85.1 ± 4.5 - 19.0 ± 1.1 - 13.2 ± 2.5 - 66.5 ± 12.9 - 28.0 ± 6.1 -
HT4 8/10 86.7 ± 2.8 - 17.8 ± 1.2 - 13.1 ± 1.5 - 62.9 ± 6.3 - 25.4 ± 2.5 -
ひとめぼれ 8/11 83.7 ± 2.0 18.3 ± 1.0 14.8 ± 2.3 65.9 ± 12.9 25.1 ± 4.8
TY2 8/9 81.3 ± 3.0 - 17.7 ± 0.9 *** 13.7 ± 2.1 - 64.5 ± 11.4 - 25.3 ± 4.5 *
TY9 8/9 80.2 ± 1.9 - 18.7 ± 1.1 *** 14.8 ± 2.9 * 65.3 ± 12.4 - 31.1 ± 7.0 -
とよめき 8/10 80.0 ± 2.9 21.6 ± 0.8 12.3 ± 1.8 72.4 ± 9.9 31.7 ± 4.1
ヒノヒカリ+qEMF3 8/24 94.9 ± 3.4 - 18.4 ± 0.9 - 16.3 ± 1.6 - 89.6 ± 12.4 - 31.3 ± 4.5 -
ヒノヒカリ 8/24 94.2 ± 3.3 18.5 ± 1.0 15.5 ± 2.8 89.2 ± 14.3 30.5 ± 5.0
にこまる+qEMF3 8/25 90.6 ± 2.2 - 18.7 ± 1.2 - 12.3 ± 1.9 - 81.3 ± 13.4 - 31.8 ± 5.1 -
にこまる 8/25 90.9 ± 3.9 18.1 ± 1.2 11.9 ± 1.8 77.3 ± 15.3 28.9 ± 5.2

注)播種日:5月12日,移植日:6月2日

*(P<=0.05),***(P<=0.001),Dunnett法による各反復親に対する有意な差を示す.

2. ポット試験による開花時刻と稔実率調査

「ひとめぼれ」と「とよめき」および早朝開花性NILについて,8月10日の温度と各開花時刻および稔実率を図2に示す.「ひとめぼれ」と「とよめき」,およびそれらの早朝開花性NILにおける8月10日の外気温区では午前6時に気温が26.8℃から時間とともに上昇し,13時に34.4℃まで上昇したものの,高温不稔が発生する危険温度の目安の35℃に達しなかった(図2-1A,2-2A).37℃区では,午前6時に人工気象器内の気温が28.0℃から時間とともに上昇し,午前10時45分に35℃を超え,11時30分に37.0℃に到達し13時まで気温が安定した(図2-1B,2-2B).40℃区では午前6時に気温が28.0℃から時間とともに上昇し,9時30分前に35℃を超え11時30分に40.0℃付近に到達し安定した(図2-1C,2-2C).そのような温度変化の条件で,「HT2」,「HT4」および「ひとめぼれ」の開花時刻(T50)は外気温区でそれぞれ8時50分,8時58分および10時44分で,37℃区でそれぞれ8時36分,8時18分および10時48分,40℃区ではそれぞれ7時47分,7時49分および10時48分で,各処理区とも早朝開花性NILは「ひとめぼれ」と比較し開花時刻(T50)が早く,有意な差が認められた(図2-1A,2-1B,2-1C,2-1D).一方「TY2」,「TY9」および「とよめき」の開花時刻(T50)は,外気温区で,それぞれ9時3分,8時51分および10時47分,37℃区でそれぞれ8時35分,8時20分および10時56分,40℃区ではそれぞれ7時45分,7時47分および10時50分で,各処理区とも早朝開花性NILは「とよめき」と比較し開花時刻(T50)が早く,有意な差が認められた(図2-2A,2-2B,2-2C,2-2D).気温と開花時刻,稔実率との関係を整理すると,外気温区では35℃には到達せず,稔実率は「HT2」,「HT4」,「ひとめぼれ」,「TY2」,「TY9」および「とよめき」は,それぞれ95.2%,96.9%,86.4%,93.0%,93.8%および84.2%であり,高い稔実率を示した(図2-1E,2-2E).37℃区での35℃到達時刻は午前10時45分で11時には35.8℃であった.「HT2」,「HT4」および「TY2」,「TY9」の両早朝開花性系統とも,10時30分の累積開花穎花率は100%であり,稔実率は,「HT2」,「HT4」がそれぞれ85.9%および88.6%,「TY2」,「TY9」が82.2%および85.5%であった.それに対し,その反復親「ひとめぼれ」および「とよめき」の10時30分から11時までの累積開花穎花率は,それぞれ6.3%から84.5%および1.4%から71.9%へと上昇した.稔実率はそれぞれ38.6%および36.9%で各早朝開花性NILより低く,有意な差が認められた(図2-1B,2-1D,2-1E,2-2B,2-2D,2-2E).40℃区では35℃に午前9時30分に到達した.35℃到達時点で反復親の「ひとめぼれ」および「とよめき」の累積開花穎花率はそれぞれ0.8%および0.0%で,「HT2」,「HT4」および「TY2」,「TY9」の両早朝開花性系統の累積開花穎果率は,それぞれ97.1%,100%,100%,96.0%であった.稔実率は,反復親の「ひとめぼれ」および「とよめき」でそれぞれ14.1%および11.7%を示したのに対し,「HT2」,「HT4」が,それぞれ82.3%および74.2%,「TY2」,「TY9」がそれぞれ75.5%および81.0%の稔実率を示し,反復親の稔実率より高く,有意な差が認められた(図2-1C,2-1D,2-1E,2-2C,2-2D,2-2E).

図2.

開花時刻とその温度(A–C),開花時刻T10-T50-T90(D),および稔実率(E).

1(左側)「ひとめぼれ」と「HT2」および「HT4」.

2(右側)「とよめき」と「TY2」および「TY9」.

A:外気温区,B:37℃区,C:40℃区.

Dの白抜き横棒はT10からT90の開花時間を示す.横棒内の黒丸はT50 ± SDを示す.

小文字abcdの同じ文字の数値は,Tukey法による5%水準で有意ではないことを示す.

「ヒノヒカリ」と「にこまる」および早朝開花性NILについて,8月26日の温度と各開花時刻および稔実率を図3に示す.「ヒノヒカリ」と「にこまる」,およびそれらの早朝開花性NILにおける8月26日の外気温区では,午前6時に気温が24.0℃から時間とともに上昇し,12時30分に30℃まで上昇し,その後気温は安定した.8月10日の外気温区と同様,高温不稔が発生する危険温度の目安の35℃に達しなかった(図3-3A,3-4A).37℃区では,午前6時に気温が28.4℃から時間とともに上昇し,午前10時30分前に35℃を超え12時00分ごろに37.0℃に到達し,それ以後気温は概ね安定した(図3-3B,3-4B).40℃区では午前6時に気温が28.5℃から時間とともに上昇し,9時30分過ぎに35℃を超え12時00分に40.0℃付近に到達し,それ以後気温は安定した(図3-3C,3-4C).そのような温度変化の条件で,「ヒノヒカリ+qEMF3」と「ヒノヒカリ」の開花時刻(T50)は外気温区でそれぞれ8時25分と11時2分,37℃区でそれぞれ7時19分と10時28分,40℃区でそれぞれ,7時23分と11時6分であり,各処理区とも早朝開花性NIL「ヒノヒカリ+qEMF3」は「ヒノヒカリ」より早く,それぞれ有意な差が認められた(図3-3A,3-3B,3-3C,3-3D).「にこまる+qEMF3」と「にこまる」の開花時刻(T50)は,外気温区でそれぞれ7時53分および10時53分,37℃区でそれぞれ7時44分および10時29分,40℃区でそれぞれ7時32分と11時23分であり,各処理区とも早朝開花性NIL「にこまる+qEMF3」は「にこまる」より早く,それぞれ有意な差が認められた(図3-4A,3-4B,3-4C,3-4D).気温と開花時刻,稔実率との関係を整理すると,外気温区では8月10日の試験と同様に35℃には到達せず,稔実率は「ヒノヒカリ+qEMF3」,「ヒノヒカリ」,「にこまる+qEMF3」および「にこまる」は,それぞれ85.0%,96.2%,92.8%および89.1%であり,高い稔実率を示した(図3-3E,3-4E).37℃区での35℃到達時刻は午前10時30分で,「ヒノヒカリ+qEMF3」および「にこまる+qEMF3」両系統とも,その時刻での累積開花穎花率はそれぞれ96.5%および94.8%で概ね35℃以下で開花しており,稔実率は,82%および80%であった.それに対し,その反復親「ヒノヒカリ」および「にこまる」の午前10時30分時点での累積開花穎花率は51.7%および54.1%であった.稔実率はそれぞれ39.2%および21.8%で各早朝開花性NILより低く,それぞれ有意な差が認められた(図3-3B,3-3D,3-3E,3-4B,3-4D,3-4E).40℃区も35℃到達時刻は概ね午前9時30分から10時00分の間に到達した.その結果,35℃到達時点で反復親「ヒノヒカリ」および「にこまる」の累積開花穎花率は,両品種とも0.0%で「ヒノヒカリ+qEMF3」および「にこまる+qEMF3」の累積開花穎花率は,それぞれ99.2%および100%であった.稔実率は,反復親の「ヒノヒカリ」と「にこまる」ではそれぞれ11.9%および4.9%を示したのに対し,「ヒノヒカリ+qEMF3」および「にこまる+qEMF3」の累積開花穎花率は,それぞれ79.0%および83.2%の稔実率を示し,反復親の稔実率より高くそれぞれ有意な差が認められた(図3-3C,3-3D,3-3E,3-4C,3-4D,3-4E).

図3.

開花時刻とその温度(A–C),開花時刻T10-T50-T90(D),および稔実率(E).

3(左側)「ヒノヒカリ」と「ヒノヒカリ+qEMF3」.

4(右側)「にこまる」と「にこまる+qEMF3」.

A:外気温区,B:37℃区,C:40℃区.

Dの白抜き横棒はT10からT90の開花時間を示す.横棒内の黒丸はT50 ± SDを示す.

小文字abcdの同じ文字の数値は,Tukey法による5%水準で有意ではないことを示す.

3. ガラス温室内のコンクリート枠水田における稔実率調査

2021年に実施したガラス温室内の各早朝開花性NILとその反復親の高温処理における稔実率,出穂期および気温を図4に示す.早朝開花性NILは各反復親品種に比較して出穂がやや早い傾向を示した.早生品種の「ひとめぼれ」と「HT4」では出穂期が同等かやや早く,「とよめき」と「TY9」については両処理とも7日程度早かった.晩生品種の「にこまる」と「にこまる+qEMF3」では4~5日早かった.その影響から5月31日移植の「にこまる」と「にこまる+qEMF3」間で出穂期前後3日の10~12時の平均気温の差が1.3℃であった.それ以外の平均気温の差は0.7℃以下の差であった.2021年の5月21日移植の「ヒノヒカリ」,「にこまる」,「ひとめぼれ」および「とよめき」の稔実率はそれぞれ35.7%,29.6%,72.5%および49.0%であるのに対し,各反復親の早朝開花性NILの稔実率は,70.3%,36.4%,77.6%および75.3%であり,「ヒノヒカリ」と「ヒノヒカリ+qEMF3」および「とよめき」と「TY9」間で有意な差が認められた.一方「にこまる」と「ひとめぼれ」はそれぞれのNIL間では有意な差は認められなかった.5月31日移植の「ヒノヒカリ」,「にこまる」,「ひとめぼれ」および「とよめき」の稔実率はそれぞれ31.1%,26.1%,53.0%および30.7%であるのに対し,各反復親の早朝開花性NILの稔実率は,それぞれ69.0%,39.0%,77.5%および75.3%であり,早朝開花性NILと各反復親の間で有意な差が認められた(図4).

図4.

2021年各反復親とその早朝開花性NILの高温処理における稔実率,出穂期および気温.

上段)5月21日移植 下段)5月31日移植.

注1)出穂期前後3日(7日間)の午前10~12時のガラス室内平均気温.

*, ***:各反復親に対してP<=0.05およびP<=0.001で有意であることを示す.

考察

本研究では,日本で2021年現在2位,3位の栽培面積にある「ひとめぼれ」および「ヒノヒカリ」に加えて,良食味かつ高温登熟特性に優れる「にこまる」と,業務加工用多収品種「とよめき」の日本型イネ品種4品種に早朝開花性QTL(qEMF3)を導入したNILを作成し,農業形質の調査および高温不稔軽減効果を検証した.

まず実験に供試した4品種について,qEMF3の導入による基本的な農業形質に大きな変化はみられなかった(表1).次に人工気象器でのポット試験において,異なる4品種の日本型イネ品種の遺伝的背景において,開花までの生育条件や開花時の温度処理が大きく変わっても,各早朝開花性NILは安定して反復親品種より2~4時間早く開花し,その間に有意な差が認められた(図23).各反復親品種は最高気温の温度設定が高くなるにつれて35℃以上の高温で開花する割合が増加したため稔実率が低下した.外気温区では,すべての品種・系統が,35℃以下で開花したため,非常に高い稔実率を示した.「ひとめぼれ」および「とよめき」の37℃区では,35℃到達時刻10時45分と両品種のT50が10時48分と概ね一致した.「ひとめぼれ」および「とよめき」の稔実率はそれぞれ38.6%および36.9%であることから(図2-1B,2-1D,2-1E,2-2B,2-2D,2-2E),本研究でも35℃程度の温度が不稔を誘発するという結果を再確認した.一方,晩生の「ヒノヒカリ」および「にこまる」の37℃区では,10時30分に35℃を超えたが,その際の両品種の累積開花穎花率はほぼ同じ50%強であるのに対し,稔実率がそれぞれ39.2%および21.8%と大きな違いがあった.「ヒノヒカリ」では「ひとめぼれ」と「とよめき」と同様35℃程度の温度が不稔を誘発することが改めて確認できたが,「にこまる」は高温不稔耐性が弱く,35℃以下の温度で不稔が誘発されたと考えられた(図3).Maruyama et al.(2013)は,「にこまる」の高温不稔耐性が非常に弱いことを報告しており,本研究の結果はMaruyama et al.(2013)の結果と一致した.40℃区では,すべての反復親品種で,開花開始ごろにはすでに37℃を超えており,「ひとめぼれ」,「とよめき」および「ヒノヒカリ」の稔実率はかなり低いそれぞれ10数%であったのに対し,「にこまる」の稔実率は,さらに低い5%弱で,37℃区同様,「にこまる」が高温不稔耐性に弱いことが要因と考えられた.一方,それらの早朝開花性NILでは35℃を超える高温に遭遇する前に開花をほぼ完了しており,稔実率を高く維持できた(図23).この結果は開花後1時間を経過すれば受精した子房は高温に対してかなりの耐性を持つと報告したSatake and Yoshida(1978)Ishimaru et al.(2010)の結果と一致する.このように開花日のみの高温環境であれば供試したすべての早朝開花性NILの稔実率は高く,早朝開花性QTL:qEMF3は日本型品種においても高温を回避する有効なQTLであることと考えられた.

人工気象器でのポット試験では,開花当日のみの高温処理を実施し,開花日までの前歴は無視している.しかし,実際の圃場では連続した高温が発生することも多く,鍋島ら(1988)は,開花当日よりも開花前1~2日の高温の方が障害が大きいこと,佐藤ら(1973)およびMatsui et al.(2000)は,不稔の発生や葯の裂開阻害に対して,開花日以前の高温に累積効果があることを報告している.そのため,鹿児島県農業開発総合センター(南さつま市)のガラス温室内のコンクリート枠水田にて,最低出穂約2週間前から昼時の開花時間帯で35℃設定の継続的な高温処理を行った.すなわち,高温に最も感受性の高い開花期だけではなく,出穂前10日ほどの穂ばらみ期の弱い時期(Satake and Yoshida 1978)も含めた高温処理を施した.このような比較的長い期間の高温処理を行った場合でも,5月31日移植において早朝開花性NILは各反復親品種より高い稔実率を示したことから(図4),日本型品種における早朝開花性の高温不稔軽減効果に対する有用性が示された.しかし,各早朝開花性NILの間での稔実率には大きな違いがみられた.例えば,5月21日移植および5月31日移植とも「にこまる+qEMF3」の出穂時の平均気温は35℃であったが,「にこまる+qEMF3」の稔実率は40%程度にとどまり,5月21日移植では反復親の「にこまる」と有意な差が認められなかった(図4).一方で5月21日移植における「ヒノヒカリ+qEMF3」の出穂時の平均気温は「にこまる+qEMF3」とほぼ同じ34.9℃であったが,「ヒノヒカリ+qEMF3」の稔実率はおよそ70%と高いレベルを維持していた(図4).「にこまる+qEMF3」の高温不稔軽減効果が小さかった要因として,遺伝背景の「にこまる」は高温不稔耐性が弱く(図34Maruyama et al.(2013)),開花前の連続高温の影響により稔実率が下がり,早朝開花性qEMF3の開花当日の高温を回避する効果が少なかったこと,さらに温度以外の微気象の違いが不稔発生の違いに関係したことなどが考えられる.今後は複数年の調査を行い,出穂期前の気温,開花時の気温と開花時刻,稔実率との関係を詳細に明らかにする必要がある.

開花時の高温不稔を回避する方策として,気温の低い早朝に開花時刻をシフトさせる早朝開花性のほかに,高温ストレス条件下でも葯の裂開阻害が起こりにくい高温耐性の強化があげられる(Satake and Yoshida 1978).イネでは高温耐性品種「N22」や「GIZA178」由来の高温不稔耐性QTL(qHTSF4.1)が同定されており(Ye et al. 2012, 2015),「にこまる」のような高温不稔耐性が弱い日本型品種に高温不稔耐性のQTLを導入し,開花時高温不稔への対策をさらに強化する育種戦略も有効な軽減策であると考えられる.実際に,インド型品種の「IR64」にqEMF3qHTSF4.1を導入した系統では,単独のQTLに比べて優れた高温不稔軽減効果を示す温度条件が存在することが明らかとなっている(Ye et al. 2022).日本国内でも,近年は高温不稔が散発的に発見されていることから(Hasegawa et al. 2011, Yoshimoto et al. 2021),今後は高温耐性QTLの育種的利用も視野に入れつつ,作出された早朝開花性NILを用いて,高温不稔が発生する可能性のある温度域の現地圃場において実証試験を行っていく予定である.

謝辞

本研究は,農林水産省戦略的プロジェクト研究推進事業「温暖化の進行に適応する品種・育種素材の開発」(2015–2019年)および科研費「21H02176」(2021–2024年)の支援によって実施した.厚く感謝申し上げる.

引用文献
 
© 2023 日本育種学会
feedback
Top