2024 年 26 巻 2 号 p. 124-129
食用ギクは,新潟県や東北地方で広く栽培されている伝統野菜である.新潟県における主要系統は下越地方の‘かきのもと’および中越地方の‘おもいのほか’であるが,他にも知名度の低い系統が数多く存在する.しかし,それらの栽培状況はほとんど知られておらず,特性調査や保護も不十分である.本研究では,2か年に渡り新潟県北部の畑作地域を探索し,食用ギク系統の栽培状況を調査した.その結果,主に1960~1970年代に収集された新潟県園芸研究センター保存系統に含まれない13系統を収集した.そのうちの1系統は,近年に観賞用から食用へ転用された希少な事例であった.さらに,新潟県園芸研究センター保存系統のうち,7系統が現在でも栽培されていることを確認した.現地において,ほとんどの系統は栽培面積が小さく,また少数の高齢者によって維持されていた.そのため,いくつかの系統は近い将来に絶滅する可能性が示唆された.本研究で収集した系統を同一環境下で栽培し,形態および収量性を調査した.これらの特性に関する情報は,有望な系統を選抜し,地域資源として活用する際の基礎的知見として有用であると考えられる.
Edible chrysanthemums have been widely cultivated in Niigata Prefecture and some areas of the Tohoku region. In Niigata Prefecture, there are many minor edible chrysanthemum strains in addition to the main cultivars including ‘Kakinomoto’ in the Kaetsu area and ‘Omoinohoka’ in the Chuetsu area. However, little is known about their local cultivation status, and their characterization and preservation are insufficient. In the present study, we conducted a field research in farming areas in northern Niigata Prefecture for two years, resulting in the discovery of 13 strains which were apparently different from those already evaluated in our previous study. We also found a rare case of a strain being converted from ornamental to edible use in recent years. Furthermore, we confirmed that seven of the strains, which were collected mainly from the 1960s to the 1970s and have been preserved in the Niigata Horticultural Research Center, are still cultivated today. Most of the strains were cultivated in a small area by a limited number of elderly people, indicating that these strains face the risk of extinction. Preliminary characterization of collected strains was carried out to evaluate their morphology and yields, focusing on the selection of promising strains and their utilization as local resources in the future.
食用ギクは古くから新潟県内で食されてきた伝統野菜であり,既に250年以上前の越後国で黄ギクを食用としていた記録がある(今泉・真水 1978).現在では,新潟市を含む下越地方の‘かきのもと’および長岡市を含む中越地方の‘おもいのほか’が主要系統として有名である(瀬古 2002).これらは紫色・管弁の「袋菊」の1系統とされ,山形県の‘もってのほか’とも非常に近縁な系統である(青葉 2013).‘かきのもと’ではより濃い花弁色を求めて選抜が行われてきた一方で,‘おもいのほか’では今でも淡い花弁色が好まれているように,花弁の色相の好みにも地域性が表れる.これら2系統に加え,花弁の色,形,食味や収穫期が異なる多くの系統が自家栽培されており,独特な食文化を形成している.しかし,2020年における新潟県内の食用ギクの栽培面積は17 ha,収穫量は20 tであり,前者は2000年の17%,後者は同20%にまで減少している(農林水産省 2007, 2022).これらの数値は,食用ギク栽培の危機的状況を示唆しているとともに,数値には表れない自家消費や直売所で販売される系統の種類や生産量の減少も懸念される.
新潟県園芸研究センター(以下,新潟園研)に保存されている食用ギク系統(以下,保存系統)の多くは1960~1970年代にかけて新潟県園芸試験場(新潟園研の前身)が県内で収集した系統である(瀬古・小田切 1973).それから50年以上を経た現在,各地域における食用ギク系統の栽培状況に関する情報は極めて少ない.系統の絶滅を防ぎ,それらの有用な特性を見出すためには,現地における栽培状況の把握およびその後の特性調査が必要である.食用ギクにおいて,在来系統の現地調査および収集に関する報告はない.細々と栽培されている在来系統を見つけ出すためには,長期間をかけて探索範囲の畑作圃場を丹念に観察し,多くの栽培者と接触する必要がある.
一方,現地における在来系統の栽培環境はさまざまであり,一般に栽植密度や施肥内容は統一されていない.そのため,採取時の観察だけでは各々の特性は正当に評価できず,その後の統一された環境下での栽培試験が必要である.しかし,採取後の特性調査まで踏み込んだ報告は,西沢ら(2013)および大井・神野(1999)が在来ダイコンで行った例などに限られる.特に食用ギクは栄養繁殖性のため,植え付け方法(挿し苗または株分け)や植え付け後の経過年数(植え付け当年または複数年経過)によって草姿,開花期および収量性が大きく異なる場合がある.そのため,同一環境下での栽培により各系統の特性を調査する必要がある.
そこで本研究では,現地における食用ギク系統の栽培状況に関する情報の整理,新潟園研に保存されていない食用ギク系統(以下,未保存系統)の収集と特性調査および新潟県における食用ギクの多様性を明らかにすることを目的として,新潟県北部の農村地域において2か年に渡る現地調査を行った.収集した未保存系統については,同一環境下において栽培および形質調査を行い,それぞれの特徴を整理した.
2014年および2015年のそれぞれ7~11月にかけて,新潟県の最北部に位置する2市村すなわち村上市および関川村の畑作地帯を探索した.この探索では関係機関や生産組織等を介さず,直接栽培者への接触を試み,圃場で遭遇した農業者に食用ギク栽培の有無を確認した.保存系統か未保存系統かの判断は,頭花の外観を比較することで行った.開花前の場合には,食用菊大図鑑(山形大学ら 2012)に掲載されている頭花の写真の中から類似系統を栽培者に指し示してもらい,未保存系統の可能性がある場合に株を採取した.採取する際は,必ず栽培者本人に観賞用か食用かを確認した.採集した未保存系統について,新潟園研の露地圃場(新潟県聖籠町)において,全系統で同一の栽培管理を行った.対照として新潟県における主要系統の1つである‘白根系かきのもと②’を供試した.栽培管理および形質調査(花,茎葉および収量性)は佐藤ら(2012)に準じて行った.
その他,詳細な方法は電子付録(材料および方法(詳細))に記述した.
探索期間中,計124人の栽培者に遭遇または接触し,未保存系統13系統を収集した.これらの概要を付表1に,頭花の外観を図1に示す.収集した系統のうち,‘太白’以外は栽培者による固有名称がなく,単に「キク」や「紫」,「黄ギク」のような名で呼ばれていたため,それらの系統には,便宜的に集落名,舌状花弁の形状および花色を組み合わせた仮称を付けた.未保存系統の採取地および系統数は,旧村上市1系統,旧山北町3系統,旧朝日村4系統,旧神林村2系統および関川村3系統であった(付表1).これらの採取地をGPSデータに基づき付図1に示す.採取地は特定の地域に偏っておらず,山林原野を除く県北部の畑作地域にまんべんなく分布していた.
新潟県北部地域で収集した食用ギク未保存系統および対照系統の頭花.
1:‘土沢舌紫’,2: ‘猿沢管黄’,3:‘太白’,4:‘檜原船底黄’,5:‘上野新舌黄’,6:‘菅沼船底黄’,7:‘大毎舌紫’,8:‘吉浦匙黄’,9:‘岩野沢舌黄’,10:‘布部舌黄’,11:‘塔下管紫’,12:‘湯沢舌紫’,13:‘塔下舌白’,14:‘白根系かきのもと②’.
‘白根系かきのもと②’は保存系統からの対照系統.
‘太白’および‘白根系かきのもと②’以外は,集落名,舌状花弁の形状および花色を組み合わせた仮称.
未保存系統の栽培歴は,「数年」5系統,「50年以上」4系統,「不明」3系統,「10年以上」1系統であった(付表1).それぞれの栽培者によると,「不明」は記憶にないくらい昔とほぼ同義であり,代々栽培されている可能性もあるとのことであった.入手先については,栽培歴が「数年」の場合は集落内や近隣集落の親族や知人からであり,苗のやり取りは地理的に近い場所間で行われていた.それらのうち,‘菅沼船底黄’は人づてに観賞用から食用へ転用した最初の栽培者が判明した.栽培歴が「10年以上」および「50年以上」の場合の入手先は「不明」であった(付表1).
現地にて確認された保存系統の一覧を付表2に示す.保存系統には異名同系統が3系統,‘かきのもと’系統が4系統含まれるため,それらを除いた22系統中,7系統の栽培が現地で確認された.最も多く確認された地域は旧朝日村と旧神林村でそれぞれ5系統,次いで旧山北町の4系統であった.最も少ない地域は旧村上市で1系統であった.‘紫雲寺金唐松’は旧神林村でしか確認できなかったが,その他の系統は複数の地域で確認された.最も多くの地域で確認された系統は‘山形系早生もって’と‘五十公野黄菊’の2系統であり,それぞれ旧5町村で確認された.
2. 形質調査未保存系統の頭花の形質を表1に示す.「花色」は黄系7系統,紫系4系統,白系1系統,橙系1系統であり,これらの花色はRHSカラーチャートによって,さらに細分化された.系統固有の呼称が唯一確認できた ‘太白’の花色は橙系であり,保存系統および他の未保存系統のいずれにも存在しない珍しい花色であった.「頭花の形」は,八重9系統,半八重3系統,露心する八重1系統であり,八重が多い傾向は佐藤ら(2012)と同様であった.「頭花重」について,最も大きい系統は‘太白’であり,最も小さい‘岩野沢舌黄’の5.3倍であった.対照の‘白根系かきのもと②’より頭花重が大きい系統は7系統であった.「頭花径」について,最も大きい系統は‘白根系かきのもと②’であり,最も小さい‘土沢舌紫’の1.8倍であった.「舌状花弁数」について,最も多い‘土沢舌紫’は最も少ない‘塔下舌白’の8.2倍であった.対照の‘白根系かきのもと②’より花弁数が多い系統は3系統であった.「舌状花弁形」は,舌状8系統,船底状2系統,匙状1系統,管状1系統,匙状と管状の混在が1系統であった.舌状花弁の先端形は,外側の花弁において最も頻度が高くみられる形を代表形として表1に記したが,実際は種々の形態の先端形をもつ花弁が混在している状態であった.
新潟県北部地域で収集した食用ギク未保存系統の開花日および頭花の形質
系統名1) | 開花日3) | 舌状花弁色 | 花色系 | 頭花の形 | 頭花重4)(g) | 頭花径4)(mm) | 頭花厚4)(mm) | 舌状花弁数4)(枚) | 舌状花弁の形状 | 舌状花弁の 先端形 |
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向軸側 | 背軸側 | ||||||||||
土沢舌紫 | 10月7日 | 64A | 75A | 紫 | 八重 | 2.4 ± 0.1 | 63.2 ± 1.7 | 25.6 ± 1.0 | 306.4 ± 23.3 | 舌 | 丸~突起 |
猿沢管黄 | 10月23日 | 5B | 7C | 黄 | 八重 | 4.8 ± 0.1 | 83.9 ± 1.1 | 24.9 ± 1.7 | 231.0 ± 9.2 | 管 | 歯 |
太白 | 10月19日 | 47A | 5C | 橙 | 八重 | 10.1 ± 0.4 | 105.4 ± 6.0 | 68.2 ± 4.2 | 258.0 ± 23.1 | 舌 | 窪む~歯 |
檜原船底黄 | 10月2日 | 3B | 3C | 黄 | 八重 | 4.9 ± 0.4 | 86.7 ± 2.3 | 23.9 ± 1.7 | 282.0 ± 24.8 | 船底 | 歯 |
上野新舌黄 | 10月5日 | 5B(25A) | 7D | 黄 | 八重 | 4.9 ± 0.3 | 82.0 ± 2.1 | 30.4 ± 2.6 | 258.0 ± 30.8 | 舌 | 突起~歯 |
菅沼船底黄 | 10月6日 | 3A | 4B | 黄 | 八重 | 9.5 ± 0.7 | 109.5 ± 7.3 | 44.4 ± 2.8 | 208.8 ± 19.6 | 船底 | 歯 |
大毎舌紫 | 10月1日 | 64A | 75A | 紫 | 露心する八重 | 3.2 ± 0.1 | 71.8 ± 2.0 | 38.5 ± 1.4 | 253.8 ± 31.4 | 舌 | 丸~突起 |
吉浦匙黄 | 10月14日 | 3A | 6C | 黄 | 八重 | 7.4 ± 0.3 | 92.5 ± 4.7 | 29.5 ± 1.6 | 217.4 ± 22.1 | 匙 | 尖る |
岩野沢舌黄 | 7月9日 | 4A | 3C | 黄 | 半八重 | 1.9 ± 0.2 | 70.3 ± 2.4 | 27.6 ± 1.2 | 47.4 ± 4.9 | 舌 | 丸~突起 |
布部舌黄 | 10月6日 | 5B | 3A | 黄 | 八重 | 3.5 ± 0.2 | 74.6 ± 2.9 | 27.5 ± 1.7 | 146.0 ± 15.5 | 舌 | 歯~突起 |
塔下管紫 | 10月26日 | N74D | N74D | 紫 | 八重 | 5.3 ± 0.2 | 90.4 ± 3.0 | 26.2 ± 0.9 | 284.6 ± 8.7 | 匙~管 | 尖る |
湯沢舌紫 | 10月10日 | 75A | N74D | 紫 | 半八重 | 3.2 ± 0.1 | 84.3 ± 1.0 | 27.3 ± 1.6 | 108.4 ± 6.8 | 舌 | 歯 |
塔下舌白 | 10月20日 | NN155D | NN155D | 白 | 半八重 | 2.0 ± 0.1 | 92.8 ± 1.4 | 21.1 ± 1.4 | 37.4 ± 2.4 | 舌 | 突起~窪む |
白根系かきのもと②2) | 10月18日 | N74D | N74D | 紫 | 八重 | 4.2 ± 0.2 | 123.9 ± 5.0 | 54.7 ± 1.4 | 269.2 ± 10.8 | 管 | 丸~やや窪む |
1)太白および白根系かきのもと②以外は,集落名,舌状花弁の形状および花色を組み合わせた仮称.
2)保存系統からの対照系統(新潟県園芸研究センター保存系統番号37).
3)舌状花弁の1枚目が展開した日.
4)平均値 ± 標準偏差.
未保存系統の草姿に関する形質を付表3に示す.「草丈」が低い系統は‘岩野沢舌黄’,‘布部舌黄’,‘土沢舌紫’などであった.これらは佐藤ら(2012)が調査したどの保存系統よりも低かった.最も高い‘塔下管紫’と最も低い‘岩野沢舌黄’との間には,2.6倍の差があった.「一次分枝数」は系統により大きく異なり,最も多い‘上野新舌黄’と最も少ない‘岩野沢舌黄’との間には11倍の差があった.これは柳芽の有無あるいは位置が系統によって異なることが主因であり,位置が低い系統は一次分枝数が少なく,柳芽の有無が異なる株が同じ系統内にある場合は標準偏差が大きかった.「茎径」は,最も太い‘猿沢管黄’と最も細い‘岩野沢舌黄’との間に2.4倍の差があった.「地上部茎葉重」は,最も大きい‘猿沢管黄’と最も小さい‘岩野沢舌黄’との間に2.9 倍の差があった.このように,系統によって草姿は大きく異なり,頭花と同様に多様性が高かった.
未保存系統の収穫期間を付図2に示す.最も収穫期が早く到来した系統は,特に開花の早かった‘岩野沢舌黄’であり,7月21日であった.ただし,収穫初期は花数が少ないうえに奇形花や極小花の割合が高く,実質的な収穫期は10月4日からであった.一方,他の系統は収穫初期から良質な商品花が得られた.最も収穫期が遅く到来したのは‘塔下管紫’の11月10日であった.なお,‘岩野沢舌黄’は収穫開始を10月からとしても,最も収穫期間が長く,43日であった.一方,最も収穫期間が短かったのは,対照の‘白根系かきのもと②’の17日を除くと,‘湯沢舌紫’の18日であった.なお,全系統の平均収穫期間は26日であった.
未保存系統の総頭花数について,最も多い‘土沢舌紫’で520花,最も少ない‘菅沼船底黄’で93花であった(図2).1株当たりの総頭花重を基準として収量を調査した結果,1,000 g/株を超えた系統は,収量が高い順に‘猿沢管黄’,‘太白’,そして対照の‘白根系かきのもと②’であり,収量性が低い系統は順に‘岩野沢舌黄’,‘布部舌黄’,‘塔下舌白’であった(図2).収量の最も高い系統と最も低い系統の間では4.2倍の差があった.
新潟県北部地域で収集した食用ギク未保存系統の総頭花重(左軸)および総頭花数(右軸).
‘白根系かきのもと②’は保存系統からの対照系統.
新潟県には,キクの花弁を食する独特の文化がある.営利栽培される主要系統に加え,主に自家用に供される多様な系統が存在するが,現地における栽培実態についての報告は過去に例がない.現地の探索で遭遇した栽培者は高齢者ばかりであり,栽培の後継者はいないと語る栽培者もみられた.また,大部分が小面積での栽培であった.そのため,いくつかの系統は近い将来に絶滅する可能性が示唆された.この現状から,現存する系統の特性調査および有望な系統の保護は急務であると考えられる.
本研究で収集した未保存系統のうち,固有の呼称をもつ系統は‘太白’のみであった(付表1,図1).栽培者によると,この名称は精製した砂糖の異称(太白砂糖)に由来するのではないかとのことであったが,それ以上の情報は得られなかった.遠藤・岩佐(1982)は,各地で収集した食用ギクの呼称にかなりの混乱や誤用がみられると指摘しているが,そもそも本研究で収集した系統では,‘太白’以外は固有の呼称すら確認できなかった.このように,食用ギク自体は多様性に富む一方で,現地では呼称による区別がなされていないことは興味深い.未保存系統のうち,8系統は他の栽培者が確認されなかった(付表1).このことから,大部分の系統はごく限られた栽培者の下にしか存在しないことが示唆された.未保存系統の栽培歴は,「50年以上」や記憶にないくらい昔から「数年」まで幅があった(付表1).栽培歴が短い系統は,現在でも活発に食用ギクの苗のやり取りが行われていることが示唆された.
瀬古(1981)は,‘白根菊’,‘岩風’,‘からまつ’などが食用となったのは,「ごく近年」であると述べている.遠藤・岩佐(1982)は,「近年」に観賞から食用へと転用された品種として,これらに加えて数品種を挙げている.しかし,それ以後は転用事例の報告が途絶えており,現在でも観賞用から食用への転用が行われているかは不明であった.佐藤ら(2012)が明らかにした‘丸潟菊’の転用事例は,それ以後に報告された希少な事例である.本研究では,実際の転用者への聞き取りから,2例目となる‘菅沼船底黄’の事例を明らかにした.このように,現在でも観賞用のキクを食用へと転用している事例が確認されたことは,キクを食する文化が進行形で発展していることを意味する.
本研究は124人もの食用ギク栽培者に直接接触した過去に例のない現地調査であり,新潟県北部における食用ギク系統の栽培状況を広く反映した初の報告である.現地で収集した未保存系統は13系統であり,これは‘かきのもと’系統を除く保存系統が22系統であることを考えるとかなり多い.そのため,本研究における探索により大きな成果が得られたと考えられる.在来野菜が残存していても,地域住民に認知されていない場合も多い(広田ら 2020).一方,認知によって地域の宝として再興される事例もある.新潟市西蒲区のある在来系統は,2013年に2株だけ残っていた状態で見出され,その後の復活プロジェクトにより‘りゅうのひげ’と名付けられ,情報発信および生産振興が図られている(加藤 2019).このように,まずは現存する系統を把握することが絶滅を防ぐ第一歩となろう.
未保存系統の頭花重,頭花径および花弁数の値は,遠藤・岩佐(1982)が調査した系統よりも大きい傾向があった(表1).頭花重や頭花径は栽培環境に大きく左右される.遠藤・岩佐(1982)においてこれらの数値が小さい理由は,本研究の半分しかない狭い株間により個々の株が十分な生育を確保できなかったことも一因と考えられる.舌状花弁の形状では,舌状が最も多く62%を占めた(表1).一方,保存系統では舌状が最も少ない形状であった(佐藤ら 2012).本研究では,保存系統以外を収集した結果として,舌状の割合が高くなったと考えられる.‘檜原船底黄’と‘菅沼船底黄’の船底状は保存系統にはみられない形状であり,新潟県内では初めて確認された.
草姿の形質では,一次分枝数が最も系統間の差が大きかった(付表3).この主因となる柳芽は,長日条件による花芽の発育抑制(岡田 1949)や,高温による花芽の発達阻害(岡田 1957)によって形成される.また,その発生程度や位置には品種間差が認められる(川田ら 1987).柳芽は‘かきのもと’系統では生育初期にみられる一般的な現象であるが(新潟県農林水産部 2022),他の系統の知見は整理されていない.保存系統も含めた系統の日長および温度の感応性の評価は今後の課題としたい.
収穫開始日は,13系統中11系統が対照系統の‘白根系かきのもと②’より早かった.また,いずれの系統も対照系統よりも収穫期間が長かった(付図2).一方,対照系統より収量が高い系統は2系統しかなかった(図2).これらの結果から,未保存系統の大部分は,収量性よりも早期収穫性や長期収穫性を基準に選抜されたことが示唆された.
今後,本研究で収集した未保存系統の特性調査をさらに進め,有望な系統を選抜し,産地等への普及や生産振興へと繋げていきたい.
本研究の遂行に当たり,快く栽培株を分譲していただいた現地の栽培者および頭花写真の色補正を行っていただいた『園芸JAPAN』大塚剛史編集長に感謝申し上げる.
材料および方法(詳細)
付図1.新潟県北部地域で収集した食用ギク未保存系統の採取地.
付図2.新潟県北部地域で収集した食用ギク未保存系統の収穫期間.
付表1.新潟県北部地域で収集した食用ギク未保存系統の一覧.
付表2.新潟県北部地域で確認された新潟県園芸研究センター保存系統との同系統およびその栽培地域.
付表3.新潟県北部地域で収集した食用ギク未保存系統の草姿の形質.