育種学研究
Online ISSN : 1348-1290
Print ISSN : 1344-7629
ISSN-L : 1344-7629
原著(研究論文)
イネ近代育成品種群のハプロタイプ可視化手法の開発
權 娟大鐘ヶ江 弘美後藤 明俊松下 景林 武司米丸 淳一菊井 玄一郎矢野 昌裕
著者情報
ジャーナル フリー HTML
電子付録

2025 年 27 巻 2 号 p. 150-158

詳細
摘 要

作物の交配育種においては,交配親品種のハプロタイプブロックの新たな組み合わせによって新品種が生み出されている.このハプロタイプブロックの組み合わせをハプロタイプとして可視化できれば,交配組み合わせを選定する上で重要な情報となり得る.本研究では,国内で開発された147のイネ近代育成品種・系統のゲノム塩基配列情報を利用して多種類のハプロタイプブロックのハプロタイプを定義し,系譜情報を基にハプロタイプブロックの祖先品種からの伝達を画像イメージとして確認できるハプロタイプ可視化ツールを作成した.一塩基多型(SNP)情報を基に,多収品種「あきだわら」のハプロタイプを定義し,147品種・系統との異同を明らかにすることができた.さらに,「あきだわら」の系譜上の品種・系統のハプロタイプの異同を基に,祖先品種からのハプロタイプブロックの伝達の流れを明らかにし,系譜上の日本型品種のハプロタイプブロックの違いを区別することができた.また,ハプロタイプブロックの比較によって,直近の親品種間で生じる染色体の組換え領域の推定が可能になった.本可視化手法は,育種母本の選定や交配計画において重要な情報を提供し,新たな品種・系統の開発にも貢献することが期待される.

Translated Abstract

In crop breeding, new cultivars are created by combining new chromosome blocks of parental cultivars. Visualization of these haplotype block combinations as haplotypes can provide important information for selecting breeding combinations. In this study, we defined haplotypes of chromosome blocks using genome sequence information of 147 modern rice cultivars and lines developed in Japan and created a haplotype visualization tool to confirm the transmission of chromosome blocks from ancestral cultivars as images based on genealogical information. Based on single nucleotide polymorphism (SNP) data, we defined the haplotype of the high-yielding cultivar ‘Akidawara’ and identified the differences between it and 147 other cultivars and lines. Furthermore, based on the haplotype variations among the cultivars and lines in the ‘Akidawara’ lineage, we were able to clarify the flow of chromosome block transmission from the ancestral cultivars and clearly distinguish the different chromosome blocks of Japonica-type cultivars in the lineage. The comparison of haplotype blocks also enabled us to estimate the position of chromosome recombination between the most recent parental cultivars. This visualization method is expected to provide important information for selecting breeding material and planning crosses and to contribute to the development of new cultivars and lines.

緒言

イネの近代品種は過去に有用とされた品種間の交配を通じて育成されている.品種・系統のゲノム配列を比較すると,ゲノム内の連続した領域で,多型が特定のパターンで現れるブロック(以下,ハプロタイプブロック)が存在するが,育成の過程で祖先品種の染色体断片の組換えによって,新たなハプロタイプブロック,すなわち,有用遺伝子の新たな組み合わせが生じる.1970年以降に米の生産調整が実施されるようになってから,日本の水稲育種では主に炊飯米の食味を重視した改良が進められており,コシヒカリの近縁品種が多く育成され,コシヒカリと合わせて作付けの大部分を占めるようになった(中岡ら 2017, 松江 2019).その一方で,低コスト化や米の多用途利用を推進するため,多収化も引き続き水稲品種の重要な育種目標とされている.日本国内の収量水準を向上させるために,インド型品種などが交配母本として導入され,「アケノホシ」(篠田ら 1989)や「タカナリ」(井辺ら 2004)といった多収品種が多く育成された.これらの母材を基に極多収の良食味品種「あきだわら」(安東ら 2011)などが育成されている(笹原 2015).これらの品種が持つ注目すべき形質に関与する遺伝子を含むハプロタイプブロックが育成過程でどのように組み合わさり伝達されたのかを明らかにすることは,過去の育種選抜を検証に加え,今後の育種選抜の方向性や交配組み合わせの選定において重要な情報となり得る.

水稲品種「日本晴」の全ゲノム塩基配列解読(International Rice Genome Sequencing Project 2005)を皮切りに,多数のイネ品種・系統のゲノム解読が進み(Wang et al. 2018),遺伝子機能解析やマーカー育種選抜も進展した(Li et al. 2018, Yano et al. 2010).SNPの可視化においては,TASUKE(Kumagai et al. 2019)が利用され,個々の遺伝子内の配列比較が容易になった.グラフィカルジェノタイプを表示するツールとしては,PED(Miyao et al. 2019)やGenoSee(Hashimoto 2024)などのツールが開発されているが,多数のハプロタイプの比較は依然として容易ではなく,特定の品種の育成過程における系譜上の品種・系統のハプロタイプブロックの伝達を確認するには適さない.

近年,複数の品種から得られたSNP情報を統合して‍解‍析し,染色体をハプロタイプブロックに分割するこ‍と‍で品種や系統ごとにハプロタイプを比較できるツー‍ルHaploBlockerが開発された(Pook et al. 2019).HaploBlockerは,多数の品種や系統から成る集団のSNPデータを基にハプロタイプブロックを検出し,そのサイズおよびハプロタイプの異同を判定することで集団の多様性解析に有効なツールである.しかしながら,HaploBlockerだけでは染色体全体を俯瞰的に可視化することは難しく,さらなる工夫が必要である.

本研究では,イネの近代育成品種の育種課程におけるハプロタイプ伝達を明らかにするために,HaploBlockerから得られるハプロタイプ情報を利用して,育成品種ごとにハプロタイプの伝達を画像イメージとして確認できるハプロタイプ可視化ツールを作成した.

材料および方法

本研究では,ゲノムデータが利用可能で,かつ近代育成品種の系譜が辿れる解析集団として,農研機構の作物研究部門が1990年以降に育成した品種またはその候補系統,およびそれらの交配親品種や系統から成る147品種・系統を選定した(付表1).ハプロタイプ決定に利用するSNP選出のためのリシーケンシングは,Yonemaru et al.(2014)と同程度もしくはそれ以上のリード数が得られるように行った(鐘ヶ江ら PRJDPB18210).本可視化ツールは以下の5つのステップから構成されている(図1).

図1. ハプロタイプ可視化の流れ.

1. ハプロタイプ決定に利用するSNPの選出

材料となる系統のNGSデータに基づき,RAP-DB(Ohyanagi et al. 2006, Sakai et al. 2013)に掲載されているgenome-wide variationsの解析ワークフロー(https://rapdb.dna.affrc.go.jp/genome-wide_variations/genome-wide_var_workflow_v1.html)を用いて,一塩基多型(SNP)を検出した.具体的には,日本晴(IRGSP-1.0)(Kawahara et al. 2013)をレファレンスとしてBWA(Li and Durbin 2010)を用いてリードをマッピングした後,picard(http://broadinstitute.github.io/picard/)を用いて重複を削除し,GATK(McKenna et al. 2010)を用いてSNPを検出した.その後,VCFtools v0.1.16(Danecek et al. 2011)を用いて--‍max-alleles 2,--maxDP 1000,--minDP 3,--minQ 20,--max-missing 0.9,--maf 0.025の条件でフィルタリングを行い,Beagle v5.1(Browning et al. 2018)を用いて品種・系統間の欠測値の補完した.信頼性の高いSNPを抽出するために,マイナーアレル頻度が0.025以下のSNPおよび欠測率が10%以上のSNPを除外し,最終的にハプロタイプ決定に利用する2,066,152個のSNPを選出した.

2. ハプロタイプブロックデータセットの作成

147品種・系統群のVCFファイルをRのvcfRパッケー‍ジで読み込み,遺伝子型ファイルを作成した.ハプ‍ロタイプブロックの判定には,R(2021)のパッケージHaploBlocker_1.6.06(https://github.com/tpook92/HaploBlocker)に含まれるblock_windowdataset機能を使用した.non_haploblockerパラメータを「TRUE」に指定することでHaploBlockerの標準的なハプロタイプブロック計算を使用せず,入力されたすべてのSNPをハプロタイプブロック計算に利用できるようにした.これにより,一塩基の違いでも異なるハプロタイプとして識別される.このアプローチにより,入力されたSNP配列に基づいて,染色体ごとにハプロタイプの異同を判定できるブロック(window)に任意に分割することが可能となる.さらに,各ブロック内でSNP配列の違いを比較することで,異なるハプロタイプ(variant)を識別できるようになる.block_windowdataset機能では,各ハプロタイプに対応するSNP情報を行と列に整理し,どの品種がどのハプロタイプを保持しているかが一目で分かるように出力される.また,ハプロタイプの異同を示すために,各ハプロタイプを「1」(同じ)および「0」(異なる)で表すバイナリ形式で出力される.本研究では,入力されたSNPデータに対してblock_windowdataset機能を実行し,解析しやすいCSV形式で出力するプログラム(農研機構職務作成プログラム,機構-ZC22,https://www.naro.go.jp/collab/program/laboratory/rcait/159619.html)を用いてハプロタイプデータセットを作成した.

3. 系譜情報に基づくハプロタイプ情報の抽出

147品種・系統から作成したハプロタイプデータセットのうち,着目品種およびその系譜上の品種・系統に焦点を当て,着目品種のハプロタイプとの異同に関するデータを抽出した(着目品種と同じハプロタイプであれば「1」,異なれば「0」).また,ブロックの物理距離も算出した.短腕側の最初のブロックについては,染色体の物理位置の最初の塩基(1番)からブロックの最後のSNPまでとし,以降のブロックは直前のブロックの最後のSNPの次の位置(+1ポジション)から該当するブロックの最後のSNPまでとした.

4. 物理距離を反映した染色体レベルでの可視化

祖先品種・系統から着目品種に伝達されたハプロタイプ構造を染色体レベルで可視化するために,147品種・系統から抽出した祖先品種・系統のハプロタイプ異同情報と染色体上の物理位置を反映したブロック情報を基に,Excelのマクロ機能を用いて図式化を行った.着目品種と同じハプロタイプであることを表す「1」のセルは「黒」,異なるハプロタイプであることを表す「0」のセルは「白色」で色づけし(付図1),より大きな染色体レベルでのハプロタイプの違いを視覚的に示した.この可視化では,ハプロタイプブロックのサイズ(塩基数)に応じてExcel上のセル数を設定した.具体的には,ブロックサイズが40 kb以下の場合は1セルとし,40 kbを超える場合はブロックサイズを40,000で除した値の切り上げ値をセル数として割り当て,染色体全体の構造をイメージできるように可視化を行った.

判定されたブロック内のハプロタイプの異同を詳細に確認するために,2,066,152個のSNP情報から該当するブロックの品種・系統ごとのSNP情報を抽出し,ClustalX2.1(Larkin et al. 2007)を用いて比較した.

結果

1. 供試品種・系統群のハプロタイプブロックデータセット作成

試供した147品種・系統から選出した2,066,152個のSNP情報を,HaploBlockerのblock_windowdataset機能の‍入力データとして利用し,147品種・系統におけるハ‍プロタイプブロックのデータセットを作成した(付表2-1~2-12).その一部を表1に抜粋して示した.block_windowdataset機能を用いて得られたブロック内の最初と最後のSNP番号に対して,染色体上の物理位置情報を付加した.

表1.

147品種・系統群のハプロタイプブロック情報

ハプロタイプブロック 物理位置(bp)2) ブロック内のハ‍プロタイプ 品種1 品種2 品種3 品種4 品種5 品種146 品種147
最初SNP 最後SNP
window:1-341) 1151 183691 variant1 13) 1 1 0 1 0 1
variant2 0 0 0 1 0 0 0
:
variant9 0 0 0 0 0 1 0
window:35-2168 190396 596211 variant1 1 1 1 0 1 0 0
variant2 0 0 0 1 0 0 0
variant3 0 0 0 0 0 0 1
:
variant21 0 0 0 0 0 1 0
:
window:263084-267277 42366741 43269699 variant1 1 1 0 0 0 0 0
variant2 0 0 1 1 0 0 1
variant3 0 0 0 0 1 0 0
:
variant29 0 0 0 0 0 1 0

1) ブロック内の最初と最後のSNP番号

2) ブロック内のSNPの染色体短腕末端からの塩基対の位置

3) 該当するvariantのハプロタイプを持つ品種・系統は1,そうでないものは0で表示

2に,block_windowdataset機能によって判定されたハプロタイプブロックとそのハプロタイプ数を示した.12本の染色体はそれぞれ63個~190個のブロックに分けられ,各ブロックは2個~60個の異なるハプロタイプに分類された.ブロックの物理距離は,最小で23 bp(第1染色体),最大で約3,854 kb(第8染色体)であった.

表2.

HaploBlockerより判定された染色体ブロックとハプロタイプ数

染色体 SNP総数 ブロック数 ハプロタイプ数1) 塩基対の数(bp)2)
最小 最大 最小 最大
1 267277 187 2 43 23 1229918
2 217399 164 2 49 53 1952191
3 181008 103 2 60 74 3090092
4 156461 126 3 59 257 1826908
5 129227 71 2 50 1148 2905468
6 167987 74 3 56 1006 1860198
7 177168 139 2 48 67 1793482
8 109666 71 2 53 57 3853678
9 131577 63 2 43 1472 2776528
10 176424 105 2 45 43 2232459
11 201141 190 2 40 122 1736504
12 150817 109 2 40 79 1213553

1) ブロック内のハプロタイプの数

2) ブロックの物理サイズ

2. ハプロタイプ伝達の可視化

例示品種として「あきだわら」に着目し,その系譜上にある北陸120号を除く12品種・系統の祖先品種に注目した(付図2).147品種・系統のSNP情報を基に作成したハプロタイプブロックのデータセット(付表2-1~2-12)から,「あきだわら」を含む13品種・系統のハプロタイプデータを抽出した.「あきだわら」の祖先品種・系統における各ブロックのハプロタイプ異同と物理位置情報を基に,染色体ごとにハプロタイプ異同を整理した(付表3-1~3-12).

2に,第1染色体におけるハプロタイプの伝達のイメージを示した.「黒」は「あきだわら」と同じハプロタイプであることを示し,「白色」は「あきだわら」と異なるハプロタイプであることを示している.染色体上で連続するブロックのハプロタイプが一致する場合,そのブロック全体が祖先種から伝達されたと判断した.短腕側から,領域1,3,5は「ミレニシキ」から,領域2および領域4は「イクヒカリ」から「あきだわら」に伝達されたと考えられる.

図2. 「あきだわら」の第1染色体における祖先系統からのハプロタイプ伝達.

系譜を辿ると,領域1は「アケノホシ」から「稲系517」,さらに「ミレニシキ」へ,領域3は「コシヒカリ」から「ヒノヒカリ」,そして「ミレニシキ」へとハプロタイプが伝達されていた(図2).領域5は「アケノホシ」と「月の光」のハプロタイプが組み合わさり,その後「稲系517」および「ミレニシキ」に伝達されたと判断できた.領域2は,「どんとこい」から「イクヒカリ」に伝達され,領域4は「黄金晴」から「越南148号」,さらに「イクヒカリ」へとハプロタイプが伝達されたことが確認できた.一方,ブロック1~8では,「あきだわら」のハプロタイプが直近の親品種である「イクヒカリ」および「ミレニシキ」のいずれとも一致しなかった.

3. 親品種と一致しない「あきだわら」のハプロタイプ

親品種と一致しない「あきだわら」のハプロタイプブロックが生じる原因を明らかにするために,「あきだわら」とその親品種のブロック内のSNP配列を比較した(図3).第1染色体のブロック1(図2)は,解析に用いた全SNPのうち2,514個によってハプロタイプが判定されていた.これらの配列比較により,ブロック内でSNPが1014番までは「ミレニシキ」と同じで,1081番以降は「イクヒカリ」と同じ配列であった(図3-a).このブロックの前後で「ミレニシキ」と「イクヒカリ」の染色体が組換わっていることを考慮すると(図2),ブロック1内の染色体の組換えによって親品種とは異なる新たなハプロタイプが生じたと考えられる.

図3. 「あきだわら」の両親と異なるハプロタイプブロックのSNP配列の比較.

(a),(b),(c),および(d)は,図2に示したハプロタイプブロック1,2,3および6のSNP配列を多重配列アラインメントソフトウェアClustalX 2.1を用いて比較した結果を示している.各ハプロタイプブロック内のSNP配列は,147品種・系統から選出した2,066,152個のSNPから抽出した配列を示す.*は比較対象の品種間で塩基が一致していることを示し,数字はハプロタイプブロック内のSNPの位置を表している.

ブロック2(図2)では,SNP2802~3468の667塩基が「ミレニシキ」と一致し,その両側は「イクヒカリ」と一致していた(図3-b).育成過程において,このブロック内に2度の染色体の組換え,あるいは遺伝子変換(gene conversion)によって新たなハプロタイプが生じたと考えられる.ブロック3(図2)では,218番の突然変異によって親品種とは異なるハプロタイプが形成されたと考えられる(図3-c).

同様に,ブロック4,5および7も突然変異による一つの塩基置換によって新たなハプロタイプが生じたと考えられる.ブロック6(図2)では,SNP5377番での突然変異による塩基置換によって親品種とは異なるハプロタイプが形成されたと考えられる.しかし,形成されたハプロタイプは,系譜上の祖先品種である「黄金晴」や「越南148号」と一致しており(図3-d),5377の塩基置換が「越南148号」から「イクヒカリ」への育成過程で生じたことが原因であると考えられる.

また,ブロック8は,「キヌヒカリ」と同じハプロタイプを示しており,「イクヒカリ」が育成される過程で塩基置換が生じ,その後「あきだわら」が育成される過程で再度塩基置換が起こり,「キヌヒカリ」型になったと考えられる.一つの塩基置換によってハプロタイプが異なる場合,ゲノム塩基配列決定において生じる誤認が問題となる.そこで,ブロック1~8のハプロタイプが「あきだわら」を交配親にした後代系統に伝達されているかどうかを確認した結果,ブロック4以外のハプロタイプは後代系統に伝達されており(付表4),配列決定時の誤認ではないと考えられる.

4. 全染色体におけるハプロタイプ伝達のイメージ

12種類の染色体のハプロタイプ伝達のイメージを図4に示す.それぞれの染色体において,親品種「イクヒカリ」および「ミレニシキ」の染色体の部分的な伝達が確認できるとともに,祖先品種から「あきだわら」へのハプロタイプ伝達の流れも確認することができた.

図4. 「あきだわら」の全染色体における祖先系統からのハプロタイプ伝達.

イ:イクヒカリ,ど:どんとこい,越:越南148号,キ:キヌヒカリ,ヤ:ヤマヒカリ,黄:黄金晴,ミ:ミレニシキ,稲:稲系517,ヒ:ヒノヒカリ,月:月の光,ア:アケノホシ,コ:コシヒカリ.

白▷および黒▶は「あきだわら」のハプロタイプが交配親である「イクヒカリ」および「ミレニシキ」のいずれとも異なり,組換えおよび突然変異により生じたハプロタイプブロックを示す.各染色体のブロックの短腕側からの並びは付表4の各染色体におけるブロックNoに対応している.

染色体全体における親品種の割合を見ると,「イクヒカリ」が平均22%,一方「ミレニシキ」が平均51%であり,「ミレニシキ」の染色体の割合が高かった(表3).染色体ごとに見ると,第1および11染色体では「イクヒカリ」の染色体の割合が高く,第3および第7染色体を除いた第2,4,5,6,8,9,10および第12染色体においては,「ミレニシキ」の染色体の割合が高かった.特に第10染色体では「ミレニシキ」の染色体がそのまま伝達されていることが確認された.

表3.

「あきだわら」における交配親品種の染色体の割合

染色体 イクヒカリ(%) ミレニシキ(%) 両親品種が同じ(%) 両親品種と異なる(%)
1 44 27 21 8
2 14 56 26 4
3 40 27 17 16
4 8 59 16 16
5 22 54 12 12
6 10 55 24 11
7 30 34 33 3
8 10 75 13 2
9 11 54 25 10
10 0 84 9 6
11 58 20 18 4
12 19 68 13 0
平均 22 51 19 8

親品種と一致しない「あきだわら」のハプロタイプブロックは全染色体にわたって49箇所存在し,配列比較により,そのうち10ブロックは染色体の組換えによるものであり,残りの39ブロックは交配親から「あきだわら」への伝達過程で生じた突然変異によるものと推定された(付表4).また,これらのハプロタイプブロックのうち,44ブロックが「あきだわら」の後代系統に伝達されていることが確認された(付表4).

5に,「あきだわら」の全染色体における交配親品種「イクヒカリ」および「ミレニシキ」のハプロタイプ構成を示した.親品種の組換えは,最も多い第1染色体で6箇所,組換えが起こらなかった第10染色体を含む全染色体で26箇所と推定され,染色体あたりの平均組換え数は2.16回であった.

図5. 「あきだわら」の全染色体における交配親品種「イクヒカリ」および「ミレニシキ」のハプロタイプ構成.

考察

本研究では,イネの近代育成品種の育種過程におけるハプロタイプ伝達を明らかにする可視化ツールを開発した.ハプロタイプ解析には,任意の集団に対してゲノムのハプロタイプの多様性を解析するソフトウエアHaploBlockerを用いた.HaploBlockerから出力される情報だけでは12本の染色体のハプロタイプの伝達を総合的に把握することができないため,Excelを用いて染色体上に特定のハプロタイプを描画するツールを開発した.解析対象を系譜上で関連する集団にすることで,近代育成品種のハプロタイプブロックがその祖先品種からどのように伝達され,さらにどのように組み合わされたかを整理でき,視覚的にゲノム断片の伝達を捉えることが可能となった.

近代育成水稲品種のハプロタイプ多様性や系譜に基づくハプロタイプブロックの伝達を明らかにするためには,解析集団の選定が最も重要な要因となる.本研究では,ゲノムデータが利用可能であり,かつ近代育成品種の系譜が辿れる解析集団として,農研機構の作物研究部門が1990年以降に育成した品種またはその候補系統,および交配親品種や系統から成る147品種・系統を選定した(鐘ヶ江ら,PRJDB18210).これらの中には,遺伝的に日本型に限らずほぼインド型の染色体構造を有する「タカナリ」(井辺ら 2004)やインド型の染色体構造を断片的に含む「あきだわら」(安東ら 2011)などの多収米品種・系統も含まれている.したがって,147品種・系統に含まれる近代育成品種に加え,将来開発される品種・系統のゲノムデータを追加することにより,これらの追加品種・系統についてもハプロタイプ解析が可能となる.

本研究で開発したハプロタイプ伝達の可視化ツールを用いることで,近代育成品種の染色体の各断片がどの祖先品種・系統から伝達されたかを明確に整理できる.また,過去の特定品種・系統のハプロタイプブロックが近代育成品種にどのように引き継がれてきたかを整理することも可能である.例えば,過去の日本の水稲品種育種においては,良食味が重要な育種目標とされ,「コシヒカリ」やその後代系統が作付け上位の大部分を占めている(中岡ら 2017, 松江 2019).本ツールを利用することで,近代育成品種における「コシヒカリ」のハプロタイプを染色体の各部位ごとに明らかにすることが可能となり,「コシヒカリ」近縁品種に含まれる重要なハプロタイプを検出でき,今後の選抜指標として活用することも可能となる.また,国内品種の収量を増加させるため,インド型品種や大粒品種の母本などがこれまで利用されてきた経緯があることから(笹原 2015),収量に関連するハプロタイプに注目した解析も可能である.

系譜情報に基づくハプロタイプブロックの解析により,育成過程で生じた染色体の組換え領域を明らかにすることができた(図5).ハプロタイプの決定にはNGS解析により抽出したSNPを用いているため,染色体上の組換え領域を正確に特定することができた.また,ハプロタイプブロックの位置やハプロタイプの多様性を解析することにより,育種における選抜の痕跡や集団構造を推定することが可能である.本ツールを活用し,遺伝子座間の連鎖不平衡をブロック構造として捉えることにより,育種における連鎖の引きずりを解消するなど,個体選抜において重要な情報を得ることができる.

「あきだわら」の直近の親品種のハプロタイプが「あきだわら」に伝達されていない事例により(図4),39箇所で一塩基置換が生じていることが明らかとなった.本研究では,一塩基の違いでも異なるハプロタイプと判断しているため,塩基配列を決定する際の誤認によって突然変異と判断される可能性は否定できない.しかし,検出された39箇所の一塩基置換のうち35箇所のハプロタイプは「あきだわら」を交配親にした後代系統にも伝達されていたことから(付表4),塩基配列を決定する際の読み取りエラーではなく,育成過程で生じた突然変異であると考えられる.また,第1染色体のブロック6および8に見られるように(図2),系譜上の過去の組み合わせにおいても同様の突然変異が生じていると考えられる.これらの突然変異は,直近の交配親品種からのハプロタイプ伝達の可視化には大きな影響を与えないが,過去の古い品種のハプロタイプ伝達を考える時には過小評価の原因となる.ハプロタイプの判断基準については,今後検討すべき課題である.

ゲノム情報を利用した遺伝子の機能解析は飛躍的に進展し,育種上有用な遺伝子のゲノム上の位置やその機能も明らかとなっている.本手法では,これまでイネ育種上で重要な遺伝子のアリルの違いを直接参照することはできなかったが,重要遺伝子の位置情報とハプロタイプブロックを連携させることにより,育成された系統へのハプロタイプ伝達の有無を容易に確認でき,将来の母本としての有用性を評価できると考えられる.本研究では,ハプロタイプブロックの可視化ツール開発にとどまっているが,今後は有用遺伝子の位置情報も合わせて可視化し,ハプロタイプと遺伝子の関係性を明らかにすることが必要である.

これまで作物育種におけるゲノム塩基配列情報の利用は,注目する遺伝子の単離やそのマーカー選抜が主流であった.本手法によるハプロタイプの可視化は,その配列情報を点で利用するのではなく,より大きな染色体領域として捉えることで,育種上保持すべきハプロタイプブロックや,逆に連鎖を解消すべきブロックなどを可視化する.これにより,重要な遺伝的特徴を持つブロックを特定することは,将来の交配計画における育種母本選定において重要な情報となり得る.また,育種上注目すべき形質に関与する遺伝子は,その一部しか明らかになっていない.イネの育種事業においては,これまで利用されてこなかった在来品種や遠縁の品種・系統を育種母本として,新たな有望な品種・系統が育成されている.これらの品種・系統のハプロタイプ構成に注目することで,新系統の特徴を担うゲノム領域の特定や遺伝子の単離,さらには選抜マーカーの作成にも活用できると考えられる.

本ツールは,農研機構の職務作成プログラムの利用に関する問い合わせページ(https://www.naro.go.jp/inquiry/program.html)を通じて利用可能である.

電子付録

付図1.ハプロタイプ伝達の可視化に用いたエクセルマクロ(VBA)コード.

付図2.「あきだわら」の直近3代までの系譜情報.

付表1.本研究に用いた水稲147品種・系統.

付表2.147品種・系統群における12種類の染色体のハプロタイプブロック情報.

付表3.「あきだわら」の祖先品種・系統における12種類の染色体のハプロタイプブロック情報.

付表4.親品種と異なるハプロタイプブロックの「あきだわら」後代系統への伝達.

引用文献
 
© 2025 日本育種学会
feedback
Top