抄録
4倍体ライムギ(Secale cereale L. 2n=4x=28)の異なる栽培環境に対する反応の違いを明らかにするため,2倍体ライムギ品種Heines Hellkorn(2n=14)と自家和合性のライムギ近縁種Secale vavilovii Grossh.(2n=14)との交雑後代植物から染色体数の倍加と4倍体ライムギ品種・系統による連続戻交雑によって育成された自家和合性の4倍体ライムギ4系統および4倍体ライムギ1品種Teroを,日本の2か所(京都,高槻)とドイツ連邦共和国の1か所(Grunbach)で同時に同一栽植設計(4反復の乱塊法,1プロット2列・各列20個体・個体間隔10cm)で栽培し,同一基準で農業諸形質を調査するとともに,高槻で栽培した材料については根端と花粉母細胞を用いて細胞学的特性をも調べた.得られた結果は以下のようである. (1)異数体の出現率ならびに成熟分裂期における染色体対合は品種・系統によって異なること,さらに二価染色体のみから成る花粉母細胞の頻度と種子稔性および正4倍体出現率との間には正の相関々係があり,とくに後者の相関は有意で極めて高いことなどが認められた.しかしながら染色体の数や対合にみられた品種・系統間差異は,従来4倍体ライムギでしばしば観察されている異環境間変動の範囲を超えるものでなく,生産性に明らかだ影響を及ぼすほど大きいものではないと推論された. (2)各品種・系統とも,稈長,1穂穎花数,1穂粒数,1,000粒重および個体粒重(収量)の5形質値は場所によって大きく変動し,変動量はいずれの形質においても高度に有意であった.しかしながら3場所を通じて品種・系統間に有意差を生ぜしめた形質は稈長のみであり,また,稈長,1穂穎花数および収量については品種・系統と場所間に有意な交互作用が検出された.これらのことから,供試各遺伝子型の適応性は環境に応じてその程度を異にすることが示唆された. (3)全品種・系統をこみにして求めた収量の環境指数(各場所の平均収量-全場所をこみにした平均収量)は高槻が-3.14で最も低く,Grunbachが-0.28でこれに次ぎ,京都が+3.42で最も高かった.また,収量の品種・系統間差は高槻と京都では僅かであったが,これら両地に比べるとGrunbachでは著しく大きかった.とくに,京都では中位,高槻では最下位の成績に終った品種TeroがGrunbachでは他の4系統よりも際立って高い値を示したが,このことは選抜・育成の場と適応性との関係を示唆するものとして注目される. (4) 各場所の収量,全場所の平均収量,収量の環境指数に対する回帰ならびに回帰からの偏差に基づいて各品種・系統の生産性を検討した結果,供試した自家和合性4倍体系統はいずれも,実用品種Teroに比べると平均収量はやや低いが回帰からの偏差が著しく小で安定性が高いこと,またこれら自家和合性4倍体系統のうち1系統は,回帰係数(0.74)が他の3系統およびTero(1.02~1.13)よりかなり低くて環境に影響され難く,最良環境(京都)では供試品種・系統中最低の値を示すが最不良環境(高槻)では逆に最高の値を示すこと,などが明らかになった.これらの結果は,今後広範囲にわたる各種環境を対象として4倍体ライムギ品種を育成する上で重要た示唆を与えるものと考えられる.