抄録
普通,種子の胚は,包被組織(種皮・果皮ときには果肉)によって包まれており,ほかの植物組織のように通気系をもっていないため,空気中の酸素と接触することが困難である. このため多くの種子は,発芽するときに気中よりも,より高い酸素分圧を要求することが多い.とくに休眠状態にある種子では,高酸素分圧による休眠打破の効果が認められている.たとえば野生のエンバク,オオムギあるいはイネなどをはじめイネ科植物の休眠種子は,高い酸素分圧の下で発芽が誘導されることが知られている. 一方,多くの水生植物では,逆に低酸素分圧で発芽が促進され,種によっては酸素分圧を高めることによって,発芽力を失なうことも報告されている.一年生のマコモ(所謂アメリカ野生稲,Zizania aquatica L.)などはその代表とされている. イネの休眠種子は,一般に酸素分圧を高めることによって発芽が誘導されるものと考えられてきた.E.H.Roberts(1961)は,一連の実験を行なうことによってこの事実を強調した.しかし,著者ら(1957)は,酸素欠乏下でイネの休眠が打破されうることを実証し,Robertsの説との間に矛盾が存在していることを指摘してきた.このことに関連し,TAKAHASHI(1985)は,日本イネの種子について,酸素分圧を高めることによって,発芽が阻害される事実のあることを予報した.本報はこれらの不明瞭な問題点を明らかにするため,前報にひきつづきより詳細た実一験を試みた結果を取り纏めたものである.