日本計算工学会論文集
Online ISSN : 1347-8826
ISSN-L : 1344-9443
階層型領域分割法を用いた4,400万複素自由度の時間調和渦電流解析
杉本 振一郎金山 寛淺川 修二吉村 忍
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2007 年 2007 巻 p. 20070027

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抄録
我々の身の回りにはコンピュータや携帯電話などの電子機器,変圧器,MRI等,電磁界現象を利用した機器が数多く存在する.これらの機器を設計・開発するにあたり,その特性を知ることは非常に重要なことである.コンピュータによるシミュレーションはそのための有効な手段のひとつであり,磁場解析のための様々な汎用計算力学システムが開発されている.しかし,これらのシステムのほとんどは単一計算機上で動作し,多様な並列計算機環境には多くの場合対応していないため,現在,そして将来のハイパフォーマンスコンピューティング市場の中心となる数百から数千のプロセッサを備えた規模の超並列計算機を利用,活用することは不可能である.そのため,既存のシステムは結果的に100万自由度程度の中規模問題解析を限界としているものが多く,解析対象を経験にもとづいて簡略化することで問題自由度を小さくし,得られた定性的な結果を元に経験的に現象を推測することが広く行われている.一方,より高精度な解析を行うために大自由度モデルを用いた計算機シミュレーションに対する需要が高まっている.モデルが大自由度となる理由としては,全体の寸法に対して要求されるメッシュのサイズが小さい場合や,解析対象の簡略化や一部分の解析では十分な精度が得られない場合などがある.例えば変電所に設置される大型の変圧器などでは,導体部に渦電流が流れることによる発熱や電気エネルギーの損失が課題となっているが,これらの機器において渦電流が流れる導体部は全体の寸法の数百から数千分の1程度である.さらにその領域での局所的な振る舞いもとらえようとすると,表皮効果を考慮するためにメッシュサイズを小さくしなければならないため,数千万~数億自由度以上のモデルが必要となる.そこで,大規模計算の1手法として我々は階層型領域分割法(Hierarchical Domain Decomposition Method: HDDM)に着目し,磁場解析への階層型領域分割法の適用に取り組んできた.階層型領域分割法は領域分割法を並列計算機環境に効率よく実装するための1手法であり,大規模問題を効率よく数値計算することのできる手法としてよく知られている.例えば約1億自由度の構造解析や数千万自由度の熱伝導解析に対して共役勾配法(Conjugate Gradient Method: CG法)にもとづく階層型領域分割法を用いた並列計算の有効性が示されている.そこで,我々は磁気ベクトルポテンシャルAを未知関数とするA法を用いた時間調和渦電流問題に,BiCG法(Bi-Conjugate Gradient Method)から派生し,複素対称行列に特化したCOCG法(Conjugate Orthogonal Conjugate Gradient Method)にもとづく階層型領域分割法を3世代型で適用した.しかし,時間調和渦電流問題の定式化では解くべき連立1次方程式に不定性があり反復法の収束性が悪い,強制電流密度の連続性が保たれていなければならない等,磁場解析特有の課題があり,構造解析や熱伝導解析ほど容易に大規模解析を行うことができず,収束解を得ることができたのは50万自由度程度のモデルまでであり,それ以上の規模のモデルでは収束解を得ることができなかった.前節の研究では定式化にA法を用いていたが,通常の有限要素解析ではCOCG法を適用した際の収束性はA-φ法の方が良いことが知られている.また,階層型領域分割法を適用した際にもA-φ法の方が収束性が良いことを確認するとともに,親だけ型の階層型領域分割法を導入することで500万自由度のモデルまで解析することに成功した.本研究では,現在一般に広く普及しているPCをLANによって並列に接続したPCクラスタ上で,数千万自由度規模の時間調和渦電流問題を半日ほどで解析可能とすることを目指す.定式化と並列手法には前節と同様にA-φ法および親だけ型の階層型領域分割法を適用する.また,これまで時間調和渦電流解析において十分に検証されていなかった親だけ型の優位性を検証する.さらに領域分割数や部分領域の有限要素法に用いる反復法の収束判定値など,階層型領域分割法のパラメータを変化させながら数値実験を行い,時間調和渦電流解析における階層型領域分割法の特性を調査する.以上のことを行った結果,より効率の良い解析が可能となり,4,400万複素自由度(実質約9,000万自由度)の世界最大級の磁場解析に成功した.
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© 2007 The Japan Society For Computational Engineering and Science
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