2010 年 2010 巻 p. 20100003
近年,交通シミュレーションで大域的な交通流を扱う必要性が強まっている.従来広域交通を扱う際には計算コストの制約から,マクロモデルと呼ばれる交通流を連続体近似したシミュレータが多く用いられているが,それでは交通現象に対する精緻性が不十分で,限られた定量性しか得られない場合もある.そのため,広域性と精緻性を両立したシミュレータが必要となるが,計算コストが障害となり両者を十分に満足するシミュレータは存在しない.一方,著者らの研究室では知的マルチエージェント型シミュレータMATES(Multi-Agent based Traffic and Environment Simulator)の開発を行っている.MATESでは知的マルチエージェントモデルを採用し,道路ネットワークの構築には仮想走行レーンやレーン幅の概念を導入することで,交差点,単路を問わず各交通主体の挙動を精緻に再現することが可能である.但し現行のMATESは逐次処理であり,自動車数が数万台以上の広域交通は計算時間が障害となり扱うことが困難である.そこで本研究では,MATESにおける広域シミュレーション実現のための並列化手法の検討,実装,評価を行った.まず,MATESにおける処理が道路ネットワーク上において局所性を有することに注目し,通信量の削減のために並列化手法として領域分割法を採用した.更に,隣接領域境界付近におけるエージェントの参照関係を確保するための境界の処理方法,そのような境界処理において通信すべきデータや通信量,及びエージェントの領域間移動による演算負荷の不均一化に対処するための動的領域分割法について検討を行った.その後小~中規模の検証実験を行い,一定以上の広域性かつ道路構造に不規則性を有する道路環境において動的領域分割法が有効であることを示した.また,スーパーリニアスピードアップなどにより60並列で最大84倍の並列加速率を得るなど,本研究の並列化手法が有効であることを確認した.最後に,関東地方と同規模の広域道路ネットワークを用いたシミュレーションを行い,高い並列加速率により並列処理が効率的に行われていることを確認すると共に,動的領域分割法の有効性について改めて議論した.また,この規模の0.5時間のシミュレーションが60並列で3時間強で終了することを確認し,本研究の成果が広域シミュレーションへ適応可能であることを示した.