高齢者の増加に伴い,脳血管疾患などによる摂食・嚥下障害を有する患者が増加している.摂食・嚥下障害者はリハビリテーションを行い,機能回復を目指すが,その際にゼリー状食品を使用することが多い.ゼリー状食品は変形性や凝集性に富み,滑らかで食べやすいことが用いられる理由とされている.摂食・嚥下障害患者の機能回復トレーニングでは,誤嚥の危険性があるので,誤嚥を前提とした対策が求められる.しかしながら,造影に用いられる硫酸バリウムや各種ゲル化剤を誤嚥した際の生体に与える影響について詳細に検討した報告は少ない.
そこで本試験においては,嚥下造影検査に用いられる硫酸バリウム,各種ゲル化剤(ゼラチン,カラギナン,寒天)を用いて作製したゼリーを無処置ラットの気管内に投与する強制誤嚥モデルを用い,それらが肺組織,機能に与える影響を検討した.また,ゼリーの物性を測定することで,誤嚥時の物性が肺機能に与える影響についても検討した.
その結果,硫酸バリウムを誤嚥した場合,肺組織の炎症反応が惹起されるがその反応は軽微であり,また生食,ゼラチンゼリーを誤嚥した場合も炎症反応はほとんどみられなかった.一方,カラギナンゼリー,寒天ゼリーの場合には,炎症反応の亢進が認められた.いずれの場合も,肺のガス交換機能の指標となる血液pH,酸素分圧,二酸化炭素分圧には影響を与えなかった.これらゼリーの物性を比較すると,25℃~ 37℃ の範囲においては,温度の上昇とともにゼリーの破断強度が低下した.特にゼラチンにおいては,体温付近では完全に溶解し,液状であった.
以上の結果より,摂食・嚥下障害者に用いられるゼリーは主に物性面で嚥下しやすいか否か,つまり誤嚥しにくいゼリーか否かという点が最も重要であることに変わりはないが,万が一誤嚥した場合の物性由来の肺における安全性を熟知したうえで使用すべきであると考えられた.