日本食品工学会誌
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原著論文
中赤外分光法を援用した銘柄が異なる日本酒のスペクトル特性把握
末原 憲一郎亀岡 孝治橋本 篤
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2015 年 16 巻 4 号 p. 279-288

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抄録

食品の品質を客観的に評価することは,食品加工プロセスの制御はもとより,日本の特産物として高品質な農産物や加工食品を輸出する際の品質保証データとしても重要である.本研究では,日本の伝統食品であり戦略的輸出品として重要度を増している日本酒に着目し,銘柄,すなわち味が異なる日本酒の赤外分光特性の把握を行った.FT-IR/ATR法にて日本酒30銘柄の中赤外スペクトルを取得した.主要成分であるエタノールの情報を差し引いて,銘柄の違い,とくに原料米の精米歩合,特定名称分類,日本酒度,アミノ酸度の違いに注目して日本酒を特徴づける4つの波数領域(950~1200,1300~1450,1500~1700,および2850~3000 cm-1)を抽出した.これらの領域のスペクトルパターンの違いについて,味覚関連物質としての糖,アルコール,アミノ酸とその他の有機酸に着目して解析を行った.日本酒の味や品質は成分バランスの違いによって生じると考えられるが,一方で解離成分であり味覚関連物質である酸類のスペクトルパターンはpHに依存する.そこで,解離平衡理論に基づいてアミノ酸(グリシンとグルタミン酸)とその他の有機酸(クエン酸,酢酸,乳酸,コハク酸,およびリンゴ酸)について,pH変化に伴うスペクトル変化挙動を把握した.具体的には,それぞれの酸の水溶液についてpHを段階的に変えてスペクトルを測定し,pHとスペクトルパターンの変化について重回帰分析により解離成分のモル吸収スペクトルを抽出した.抽出した各成分の解離成分スペクトルを用いて,日本酒のpHの平均値,最小値および最大値におけるそれぞれの酸のモル吸収スペクトルを合成することで,特定した領域のスペクトルパターンがこれらの酸に由来することを確認した.さらに,日本酒モデルの主要な酸の成分組成に基づいてスペクトルを合成した結果,ピーク位置やスペクトルの変化が観察される波数帯は実際の日本酒と良く一致し,さらに日本酒がもつpHにおけるスペクトル変化幅が把握できた.すなわち,日本酒モデルスペクトルパターンのpH依存性を考慮して日本酒そのものに由来するスペクトルパターンの違いが観察できると考えられた.そこで,極めて特徴が似ている銘柄の日本酒について,その違いがスペクトル上で把握できるかを確かめた.その結果,精米歩合が50および55%の同一酒蔵の日本酒,および同じ日本酒でも熟成の有無が異なるのみの極めて特徴が似ている日本酒について,特定したスペクトル領域において特徴的差異が観察できた.赤外分光法は日本酒の品質評価や醸造プロセス管理への応用に有用であり,本研究の成果は,光指紋情報に基づいた食品の品質保証システムの構築や安定したケモメトリックスモデル構築のためのスペクトル解析,スペクトル情報に基づいた加工プロセス管理手法を開発する上で重要な意味をもつであろう.

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© 2015 一般社団法人 日本食品工学会
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